箕輪初心◆高崎の稲作と用水路C「明治〜平成」

箕輪初心◆高崎の稲作と用水路C「明治〜平成」
用水路の歴史は生活用水と稲作などの農産物の生産と関わりがある。
榛名湖の湖水を利用しようと考えた人は多かったであろう。凄い発想である。
箱根用水にも匹敵するプロジェクトであったろう。昭和になってからは、
群馬用水は61kmに及ぶ大プロジェクトの用水の大工事を行った。
中部用水は多くの犠牲の上に成り立つ大工事であった。




  
◆明治時代
30)榛名湖の水を流下させる工事。  
■訪問記・・・場所は、伊香保の方から来て、湖岸近くを右折して、
         すぐの所にある。明治37年のことである。

◆大正時代
31)一貫堀川
  ★写真がないんです。ぼんやり、眺めてためです。
 @長野堰から分かれて来る用水である。
A高崎市民文化会館前の歩道橋のある交差点北に堰が見える
 B中曽根康弘元総理大臣の「青雲塾」から飯塚の新前橋街道踏切に向かうと、
  一貫堀川に架かる橋に「清水橋」&「國道九號線」と書いてある。

◆昭和時代
32)群馬用水
★写真がないんです。ぼんやり、眺めてためです。
  (沼田市岩本の取水口→榛名南面・榛東村・旧群馬町・旧箕郷町・・・・ 
 ・昭和初期・・かんがい計画あったが、実現せず。
         利根川の水は「夢の用水」と言われてきた。
 ・昭和30年 利根川の上流に矢木沢ダム建設計画がに呼応し、
         群馬用水も農林省の直轄調査を開始。
         受益面積10,110ha、総事業費82億円で実施計画が確定。
 ・昭和38年 着工。沼田市岩本の東電佐久発電所綾戸ダム右岸取水工から
        最大取水量17.42m3/sを取水し導水トンネルで地区内へ
        かんがい用水を供給する水資源開発公団営事業開始。
 ・昭和44年 公団営幹線水路61qが完成。6月に通水式。
 ・昭和40年 畑地かんがいと水田用水補給の計画に変更。
         余剰水を国営赤城西麓地区の畑地灌漑用水と
         県営上水道用水に転用。 (事業団HPより編集)  

 ○群馬用水事業は、中央農業地帯の約230kuの緩傾斜の田畑に水を供給。
  3市6町8村(群馬県前橋市、高崎市、渋川市、旧赤城村・旧北橘村
   ・旧富士見村・旧大胡町・旧宮城村・旧粕川村・旧新里村・旧佐波郡赤堀町
   ・北群馬郡子持村・吉岡町・榛東村・旧群馬町・旧箕郷町・旧榛名町)の
    受益面積7,500haの地区へ供給。
 ○群馬用水の施設管理は、4,4km。
   主要導線赤城幹線(33q)・榛名幹線(24q)と農業専用の7ヶ所の
   @揚水機場は水資源開発公団群馬用水管理所が管理。
   @支線水路(約900q)と末端施設(バルブ類約5,000ヶ所)は
      群馬用水土地改良区(組合員13、306名)管理。 
                             (事業団HPより編集)
 ■訪問記・・・★写真がバラなので、見つからない。
 @取水地・・・沼田市岩本の綾戸ダム付近の利根川西岸。
        農水・上水の共用施設である導水幹線4.4q〜〜〜〜
 A赤榛分水工・・・渋川市渕ノ上の赤榛分水工で東西に分流
 B西コース・・・子持山南麓・榛名山東麓に向かう榛名幹線・・・
   東コース・・・赤城山南麓を流れる赤城幹線・・・・・・・・・・・・
 ◆榛名幹線◆
 C子持村・・・(地下トンネルで双林寺下)・・・
 D子持村北牧・・・・表====
  で吾妻川サイホン水管橋・吾妻川横断) 
  ※三国街道の渡し ※金島の関所&水牢
 E渋川市金島・南牧==(地下へ・金島駅南1kmの金島トンネルの下・・金島中下・・
   ・・・渋川西高・・・・南下・・・・
 F渋川市小倉の上野田の信号:消防署南東100で地表====
 G====榛東村の役場南500mの所で再び地下に戻る。
 C榛東村八野街道(県央第一水道北200m)地表==箕郷町柏木沢の新屋敷=
   =第二保育園==
 I箕郷町柏木沢で地下・・・・
 J高崎市箕郷町の箕輪城の搦め手口&東明家砦に群馬用水の揚水機場・・・・

 K箕輪城の本丸下→大手虎蹈門北の通仲曲輪下に管理場所

 L榛名白川の上を鉄パイプで渡る。(ふれあい公園プールの北の城見橋から観察可能。)
 M車川(榛名白川の支流)を渡る。
 N地下へ・・・・箕郷町原山・・・※長純寺は長野氏の菩提寺
 O箕郷町蟹沢の梅公園下の貯水場へ・・・・
 E高崎市箕郷町鳴沢湖に至る・・・(中部用水へ)榛名幹線は約24kmの旅

 ◆赤城幹線◆
 C渋川市内で利根川サイホン水管橋で利根川を横断。
 D利根川東岸側へ流れる。
 E前橋市北部
 F桐生市(旧新里)から早川池に至る。
 G赤城幹線は約33kmの旅

33)中部用水 (榛名白川&群馬用水→鳴沢湖→群馬町)
 ★鳴沢湖の建設
 ■訪問記・・・
 ●水源・・・榛名白川と長野氏の居城:箕輪城群馬用水の余水。
 @鳴沢湖(高崎市箕郷町富岡:車郷小学校西)・・・

   農業用ため池(容量約100万トン) 昭和25年完成。

 ○受難の碑・・・鳴沢湖北の道路脇に碑がある。
   ★前橋の刑務所の方々等、多くの犠牲が出た。一説には「人柱」だった?
 A中部用水・・・鳴沢湖の堤防下→
 B榛名白川左岸を下っていくと途中で枝分かれしている用水路。
 C水路に沿って中部用水サイクリングロードが整備されている。
 D箕郷万寿屋&箕郷」とりせん→
 Eさわやか交流館北→中部用水サイクリングロードを東へ行く。
 F箕郷町生原の善龍寺(武田信玄家臣:内藤豊後守昌豊の墓)・・・
 G旧群馬町中里・・・※ホタルの里・・サイクリングロード、・東へ・
 I徳昌寺北・・・※福田赳夫さん墓所
 J旧群馬町役場・・・支所北を直角に曲がる。
 K→旧群馬町イオン付近(菅谷の飛行場)の田んぼに水を供給。

34)中群馬用水(群馬用水→群馬町)」(別掲)
 ○中群馬用水の記念碑(前橋市総社町の総社駅南100m)
 

35)春日・松原用水(旧榛名町地区)




◆平成時代
36)乗附緑地 
 碓氷川右岸、鼻高橋下流約2kmの河川敷に整備された緑地。
 上流部には釣り池を中心とした親水広場や芝生広場・花の丘がある。
 下流部にはゲートボールなどができる多目的運動広場がある。  
 ★400年前の金ヶ崎用水のおまけであろう?


■群馬県の主な農業用水
◆中部地域
  広瀬桃木用水、天狗岩用水、群馬用水、大正用水、赤城大沼用水、八坂用水   

◆西部地域
 長野堰、春日・松原用水、神流川用水、藤岡中央用水、中村堰、甘楽多野用水、
 鏑川、烏川合口、人見堰、板鼻堰、雄川堰、間庭堰、十二堰用水、中部用水、
 三ッ寺堤 、祭戸用水、板鼻堰 、人見堰、滝川用水 、雄川堰 、小高用水

◆吾妻地域
 岡崎用水、美野原用水、応桑用水

◆利根地域
 片品川沿岸、赤城北麓、追貝平、赤谷川沿岸、赤城西麓

◆東部地域
 利根大堰、利根加用水、利根補給水、邑楽頭首工、太田頭首工、大間々頭首工
 大間々用水、八間樋

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