bookレビュー「アダルト・チルドレンの子どもたち」(アン・W・スミス)

以前精神科の病院に通っていた時に、アダルト・チルドレンの傾向があると指摘されたことがあり、自己理解のために借りてみました。

※「概要」は備忘録として冗長に書いているので、面倒だったら飛ばしてください。


<3行まとめ>
・アダルト・チルドレン(AC)は世代間で連鎖する。
・アダルト・チルドレンの親が良かれと思って用意した形式的な理想の家庭で、健全な心のふれあいを経験せずに成長した子どもは次世代ACになる。
・ACも次世代ACもその他機能不全家族で育った人も専門家や自助グループなどのサポートを受けながら回復できる。

<概要>
第1章 共依存―複数の世代を見渡して
→アルコール問題家庭で育った子どもが受けるダメージについて、主に飲酒行動が身近にあった結果であるという考えが導かれていた。
この手に余る行動・情緒パターンが続いていくことは、自身はアルコール依存ではないその子供たち(アダルト・チルドレン)によって立証されてきている。

→自分の生育過程とは違った家庭を作ろうとするひたむきな努力で、アダルト・チルドレンは見るからに良くない行いを排除し、健全そのものの外観を作り上げる。
そこでは無条件な愛情や率直な感情表現といった必須要素にかけるため、彼らの子供たちは人生に対する下準備が不足し、したがって成人後の生活で同じ否定的なパターンを繰り返す、もうひとつの共依存世代―次世代AC―として育っていく。


第2章 次世代ACとはどんな人たちか
→アダルト・チルドレンなど機能不全の親は、子どもの欲求に応える能力に乏しい。
彼らはよかれと思い、自分の育った家とは違う家庭を作ろうとしている。
どの親も外からの見え方を変えて、自分にも世間にも順調だと思わせる努力をしていたが、その一方で内なる苦しみは続いていた。


第3章 次世代ACとその家族に共通する特質
 (1) 次世代ACの家族のパターン
・次世代ACの大多数は、祖父・祖母のアルコール依存の話を聞いていない。
・ACである彼らの親は、アルコール依存の人と共に生活したことで悪影響があったことを認めない。
・物質依存以外のアディクションが存在する。特に仕事、食物。
・大多数の次世代ACは、わが家はいい家庭だと繰り返し聞かされていた。
・次世代ACの中には、親が表現しようとした愛情を感じ取った人も少数いる。

 (2) 次世代ACの特色
→アダルト・チルドレンの特質の標準リストに加え、次世代ACに確認されたのは、
・家族イメージのゆがみ―家族の美点しか目に入らない
・自責感
・表面的な人間関係作りが得意―親密さに苦労する
・援助が求めにくい
・強迫的な行動に苦しむ
・秘密主義の傾向が強い
・うつや不安になりがち
・家族への忠誠心が強い
・物質依存であることを恥じる

 (3) 成人した次世代ACが報告した生活上の問題領域
・人間関係に問題を感じる
・自分の感情がよくわからない
・自己評価が低い
・怒りの感じ方が強烈


第4章 共依存家庭と物質依存家庭に見られる微妙な虐待
→虐待のある家族システムにいると「犠牲者的生活態度」が養われてしまう。
たくさんの人が児童期により微妙な虐待を受けていて、成人後の生活でもある程度このパターンを繰り返す「下準備ができて」いる。
犠牲者的生活態度を示す指標は、以下のとおりである。

・限界や境界線を決められない
・恐怖心が何よりも強い
・強迫的に親密性を求める
・反応が少なすぎる、または多すぎる
・極端な思考
・受動性
・自責と罪悪感
・身体疾患とアディクション
・魂の喪失
・犠牲者から虐待者になる

ここから抜け出す方法は、まず虐待を見極め、次に苦痛を表現し、最後は理解し開放するという3段階のプロセスである。


第5章 ACと次世代ACのための治療の選択肢とセルフヘルプ
・AC、次世代AC、その他のタイプの機能不全家族で育った人たちは皆、同じ環境で効果的な治療ができる。
・重要なのは自分で自分の求めるものを知ること、サービスの質の良し悪しを知ることだ。
・治療中には、感情の見極めと表現、親密性、その他アディクションと強迫症などの問題に直面するが、長期的な努力と具体的な指導によって改善できる。
・12ステップグループ(依存症者の自助団体)は治療のプロセスを活気づける要素。


第6章 回復のプロセス
→回復という経験は、順序も時間のかけ方も人によって違うけれど、ほとんどの場合、長期にわたるプロセスとして以下のような指針が欠かせない。

  (1) 第1段階―私のどこがおかしいのか
    →これは初めの段階であり、ここでの課題は以下のとおり。
   @ 問題の見極め
   A 話さないルールから抜け出す
   B 助けを求める

  (2) 第2段階―私は何者か
    →ニセの自分、作りものの自分を捨てて本当の自分を発見することが必要だ。
   @ 自分を大事にすることを生活に組み入れる
   A 苦痛が出てきたら、それを味わって人に話す
   B 恐怖や罪悪感を味わって、とにかくやる

  (3) 第3段階―私はどんな人間になりたいか
    →回復途上にいる人は、新しい信念や行動、態度を自由に選べると感じたとき、変われるようになる。
   @ 回復をゴールとしてではなく、冒険の過程としてとらえる
   A 自分を許す
   B 人を許す
    →このプロセスは「回復」というよりも「人生!」と呼ぶにふさわしいところまで発展する。


第7章 家族のパターンを変える
→次世代の共依存とアディクションの循環を断ち切るには家庭の環境が重要。家庭で取り組む領域は以下のようなものだろう。

・子どもたちに怒りの適切な表現を教える
・子どもの負担にならないように、自分の気持ちを表現する
・一貫性のない子育て―必要に応じて「一人きりでやる」こと
・健全なしつけと自然の成り行きを教える訓練を積む
・子どもも自分も肯定する
・子どもの怒りから自分を健全に切り離すことを学ぶ
・子どものドラッグとアルコールの問題と向き合う
・子どもに共依存治療をすすめる

→自分の親への対処は以下のような点に留意。

・あなたが親からもらった良いこと―遺伝も含めて―をリストアップする
・家族同士の陰口や間接的な意思伝達をやめる
・家族ぐるみの行事では、自分が気持ちよくやれることをする
・虐待の場に居合わせない、親から虐待を受けない
・傷つきやすい心を親に「開いて見せる」前に、まず考える
・対話を強制しないで、チャンスを探す
・わが家のアルコール依存問題専門家にならない
・現在親にアディクションがあったら介入を依頼する
・親に時間を与えて、新しいあなたに慣れてもらう


<感想>
自分のAC観に「世代間で連鎖する」という新しい視点が加わりました。

一応、AC関係の単語を定義しておきます。

アダルト・チルドレン(AC):「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。
機能不全家庭:家庭内に対立や不法行為、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト等が恒常的に存在する家庭を指す。
共依存:自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存する、その人間関係に囚われている状態を指す。


何がしかの問題を抱える機能不全家庭で育った子どもが心理的トラウマを抱えるACになります
ACには、破滅的、完璧主義、対人関係が不得意といった特徴があり、成人後も無意識裏に実生活や人間関係の構築に、深刻な影響を及ぼします。

薬物や仕事、食物などへの依存、自尊心が低いことから過度に依存的な人に頼られることに存在意義を見出す(共依存)などの問題を抱えやすくなります。

本書が指摘したのは、ACが家族を作った時、その子供もACになりやすいということです。
その理論は以下の通り。

・アルコール依存者や虐待などひどい環境で育ちACになる。

   ↓

・自分の家族には辛い思いをさせたくない。「理想の家庭を作るぞ!」

   ↓

・しかし、「理想の家庭」のモデルが自分の中にないため、形式的になる。
(依存者や虐待がない、両親の社会的地位・収入が高い、家族行事を豊富にする、世間からの見え方を重視etc)

   ↓

・形式を守るため、子供に無償の愛を注げない。
(○○をうまくやり遂げたら愛する、子どもの気持ちを無視した家族サービスetc)

   ↓

・健全な心のふれあいを経験せずに成長した子どもがAC的傾向を示すようになる(次世代AC)


この理論の皮肉なところは、ACの親は子供のためを思って、自分の育った環境と違う家庭を作ったのに、子供も自分と同じような苦しみを抱え込んでしまうところです。
家庭内が形式を重視するあまり、率直な心の声を表現しづらい場になっていたのでしょう。

なまじ外面が綺麗な分、外からは問題が把握しにくく、次世代AC本人も「良い環境で育ったのになぜ自信がないのだろう」と頭を抱え込むことになります。


AC、次世代ACからの回復には、まず自分の気持ちを知ること。
次に自分の気持ちを表現することが大切です。

ACは自尊心が低く、他人に受け入れられない恐怖が強いので、本当の気持ちを隠して、その場に合わせたいい子ちゃん言動をする習性が身についています。
そうしてペルソナをかぶり続けるうちに感覚が麻痺し、自分の気持ちが分からなくなっています。
だから、自分の気持ちを知り、表現するのは非常に困難です。

それをしていくには、本人がACであると自覚し、意識的に自分の内面を観察すること、両親や専門家、自助団体のサポートを得ることなどが有効です。


機能不全家庭やACというのは病気というよりも、どこの家庭にも多かれ少なかれ存在するありふれたものだと思います。
要は程度の問題で、自分の気持ちを表現するのが苦手でも、社会生活に適用し、本人が不都合を感じていなければ良いわけです。
かくいう僕は、不都合を感じながらだましだまし生きてきたわけで…。

良い機会なので、次の記事でACとしての自分について考察してみます!
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コメント (2)
こんにちは
私も自分がACであると気づき、図書館でこちらの本を拝見しました。
他のブログも合わせて拝見いたしました。
人の心理プロセスは、数学のように1+1=2というふうにはならず、明確な助言や心の治療方法は自分自身が気づいて見つけて受け入れていかなきゃいけないのかなって思い、こういう心理の哲学に触れることで私も回復しようとあがいています。
生きていくのは難しいですね。。
とらまる
とらまるさん

コメントありがとうございます!
ずいぶん悩まれてきたようですね。
確かにACの問題は、まず自分での気付きが大切で、他人があー言ったからこうする式ではなかなか解決しないでしょうね。
でも他人との関わりも大切で、自己開示をしたときに肯定的に受け止めてくれる他者がいると回復のプロセスはより促進されると思います。

選択肢の一つとして、このブログに悩みなどをコメントしていただければ、出来る範囲でお相手いたします。
もしその気になったときは気軽に利用してください。

どうかとらまるさんの悩みが晴れますように(^-^)
キップル

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