「The Language Instinct」読了

サブタイトルは「How The Mind Creates Language」。
人間と言語の関係を生物学、言語学、民俗学など、様々な面から考察した本。
昨年Kindle版で購入。
興味深い話が多かったが、単語が難しく著者の文体も堅めでかなり読みにくかった。

著者:Steven Pinker
447ページ

【あらすじ】
本書の章の構成は以下の通り。

1. An Instinct to Acquire an Art
2. Chatterboxes
3. Mentalese
4. How Language Works
5. Words, Words, Words
6. The Sounds of Silence
7. Talking Heads
8. The Tower of Babel
9. Baby Born Talking - Describes Heaven
10. Language Organs and Grammar Genes
11. The Big Bang
12. The Language Mavens
13. Mind Design

著者は、子供の言語習得の様子や脳の発達と言語の関係、人類の進化に伴う言語の獲得の過程、他の動物との違い、様々な国の言語の共通点や相違点、言語(特に英語)の文法や構造など、様々な角度から言語と人間との関係を考察する。

そして、人間の脳には言語の構造(文法)についての生得的な「青写真」のような物があるのでは無いかと推測。
人類が言葉を学習するための本能、全人類に共通の「普遍文法(Universal Grammar)」という概念、「生成文法(Generative Grammar)」などについて、ノーム・チョムスキーの説を紹介しつつ説明する。

さらに、言語にまつわる様々な誤解や実験結果など、興味深いエピソードも多数紹介している。

【感想】
本書のメインテーマの一つは、人間に取って言語がどの程度「本能的」なものなのか、世界中で使われている全ての言語に共通する普遍的な「仕組み」のようなものがあるのだろうか、という事に関する考察。

それに関連して、チョムスキーの提唱した「普遍文法(Universal Grammar)」というアイデアも紹介している。
参考までに「普遍文法」について、Wikipediaの記述を以下に示す。
ーーー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E9%81%8D%E6%96%87%E6%B3%95
普遍文法(ふへんぶんぽう、Universal Grammar)は、言語学の生成文法における中心的な概念で、全ての人間が(特に障害がない限り)生まれながらに普遍的な言語機能 (faculty of Language) を備えており、全ての言語が普遍的な文法で説明できるとする理論。ノーム・チョムスキーが『Syntactic Structures』(1957年)で提唱した。
ーーー

著者は100パーセントとは言わないまでも概ねチョムスキーと同じ考え方らしく、人類には「普遍文法」に相当するメカニズムは有ると考えているらしい。
本書でも多くの部分でチョムスキーの説を引用しつつ、言語学の考え方を説明している。
確かに、本書で紹介された様々な実験結果やエピソードを読む限り、著者の考え方は納得出来る。

本書では様々な興味深いエピソードが紹介されているが、その中でも特に面白く感じたものを以下に示す。

・生後5ヶ月の赤ん坊がどの程度外界の現象を理解しているのかの実験。
 ついたての陰に隠した人形の個数をこっそり変えたりしてその現象がどの程度赤ん坊の注意を引くのか実験。
 こっそり数を変えた場合には赤ん坊が注意を向ける時間が明らかに長くなったとの事。

・異なる言語しか使えない人たちの間でどのように新しい言語が作られて行ったかの説明。
 アメリカなどに奴隷として連れて来られた人々は初期には共通の言語が無かった。
 そのため、お互いの意思の疎通には英語を簡略化した単純な構造の「pidgin」を呼ばれる言語を使った。
 第一世代は不自由でもこの単純な言語で意思疎通するしか無かったが、彼らの子供の世代になると事情は変わる。
 第二世代は子供同士で話すうちに(親に教えられずに)この「pidgin」の文法を発達させ「creole」と呼ばれる複雑な構造を持つ言語を作り上げていった。
 これは人間に「複雑な言語構造」を作ろうとするメカニズムが生まれつき備わっている事を意味する。
 また、親の世代が子供に与える影響よりも子供同士がお互いに及ぼす影響の方が大きい場合が有ると言う点も興味深い。

・世界中の言語の相違点と共通点について
 著者は世界中の様々な言語を調査し、共通点や相違点を調べたらしい。
 語の順番、名詞や動詞の変化の形などの相違点は多いが、実は一般の人が思っている以上に共通点も多いとの事。
 地球上で人類が使っている言語は全て「最初の言語」から変化・派生した「方言」と見る見方もあるらしい。
 言語の発生から既に数十万年(数百万年?)以上経っているであろう現在ではもとになった「最初の言語」を復元する事は不可能だろうが、この考え方はちょっと面白い。
 全ての言語が「方言」と考えると、英語や他の言語を学ぶ際にもあまり気負わずに気軽に勉強出来るかも。
 なお言語の起源や分類に関連して、日本語や韓国語は未だに起源が良く判っていないという話も出て来た。
 Wikipediaの参考URL
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90

・人工知能による文章の解釈について
 本書ではコンピュータなどが文章を解釈する場合にどのようなアルゴリズムが必要になるかという話題も軽く説明している。
 しかし、同時に、単に文法や単語や慣用句をコンピュータに覚えさせただけでは不十分だという事も説明している。
 人工知能による文章解釈の難しさの一例として、著者はユーモアまじりに下の会話を紹介している。
  Woman:"I'm leaving you."
  Man:"Who is he?"
 意味が判るのに一分くらいかかってしまった…

・サピア=ウォーフの仮説(Sapir-Whorf hypothesis)について
 言語体系が人間の思考や行動に与える影響について、サピア=ウォーフの仮説(Sapir-Whorf hypothesis)というものが有るらしい。
 これは、簡単に言うと人間の思考はその人が使う言語から強い影響を受ける、という説。
 著者はジョージオーウェルの小説「1984」で国民を管理するために出て来た「Newspeak」という言語の話などをした後で、このサピア=ウォーフの仮説に異議を唱えている。
 著者のスタンスは「言語(の仕組み)は人類に生まれつき備わった本能」であり、言語の種類は人間の行動にそこまで決定的な影響を及ぼさないというもの。
 
・エスキモーの雪の呼び名やホピ族の時間の観念について
 上記のサピア=ウォーフの仮説に関連して、著者はエスキモーの雪の呼び名についての誤解(俗説)について触れている。
 「エスキモーの言語には数百の雪の呼び方が有る」というような話は結構有名なものだが、実はこれは嘘で、実際には英語と同じくらい(数個)しか無いらしい。
 私もこの話は聞いた事があり、何かもっともらしく聞こえたため事実だと誤解していた。気を付けなくては。
 また、著者はネイティブアメリカンのホピ族の時間を表す表現が英語とは全く異なっているという俗説についても触れている。
 エスキモーのエピソード同様、これもネイティブアメリカンの持つ漠然とした神秘的なイメージに基づいた誤解らしい。

・英文法の構造や「正しい文法」とは異なる英語表現について
 本書では、文法的に一見間違っているように見える英文を幾つか例示して、単にそれらを「例外」と片付けるのでは無く、それらの用法を分析して考察している。
 例えば

  「still life」の複数は何故「still lives」では無く「still lifes」なのか
  「mice-infested」(複数)に対して「rat-infested」(単数)という言い方の方が一般的なのは何故か。
  言葉を覚え始めの子供が、このような一見不規則なルールをどのように覚えて行くのか。
  「I can’t get no satisfaction」という、一見間違った構文に見える二重否定表現の文法的な説明。
  「Everyone returned to their seats」という文で「Everyone」(単数)に対して「their」が使われる理由。
  「head over heels」が何故「真っ逆さま」という意味になるのか。
  ラテン語に基礎を置いた文法を重視した「正統派イギリス英語」の非現実的なルールについて。
  動詞の過去形に-edが付く理由や三人称単数に-sが付く理由の考察。
  ping-pong,riff-raff,chit-chat,tit for tat,knick-knack,zig-zag等は何故逆の順番で言わないのか。

 などなど。

他にも本書では様々な興味深い話題について書かれているのだが、あまりに多すぎてここにはまとめきれない。
内容が盛り沢山すぎて言語学の入門書として判りやすいかどうかは少々疑問。
しかし、その分野に興味を持っている人にとってはサブテキストとしても、又は単に面白い読み物としても、興味深い内容満載で一読の価値有り。

参考までに、著者のTEDでの講演のURLを下に示す。
http://www.ted.com/talks/steven_pinker_on_language_and_thought?language=ja

【本書の読みにくさについて】
本書はかなり難しい英語で書かれている。
言語学者らしく文章そのものは整然としていて秩序立っているのだが、単語の難度が高めで、その上1センテンスがかなり長くなる場合も多い。
本書によると、一般的なアメリカ人は高校卒業時点で6万語くらいの語彙が有るらしい。
6万語とは言わないまでも、本書を読むには3万語以上語彙が無いと苦労しそうだと感じた。
(私の語彙は多分2万語強程度だと思うがかなり苦労した。)

それだけでは無く、本書では文の構造や語形変化などの「言語学」についての理論や、英語と様々な他の言語との比較も所々で行われていて、内容的にも難しく付いて行くのが大変だった。

語族の分類について説明するために、英語、ギリシャ語、ラテン語、古スラブ語、古アイルランド語、サンスクリット語で書かれた文章を示して「ね、似てるでしょ?」と言われても…

本書は所々でユーモアに溢れた書き方をしているのだが、そのユーモアの言語学的なレベルが高すぎて理解するのも一苦労、という印象。

言語学者か言語学に興味のある学生なら本書の中の著者のユーモアを充分に理解出来てもう少し楽しみながら読む事が出来たのかもしれないが、私の実力では消化不良の部分も多かった。

【余談】
本書を読んでいる時に、たまたま図書館から伊藤計劃という作家の「虐殺器官」というSFを借りて読んだのだが、その小説中で「サピア=ウォーフの仮説」やエスキモーのエピソードが重要なモチーフに関連して使われていた。
同じ時期にこの2冊の本を読んだのは偶然なのだが、たまたま手に取った全く違う分野(言語学とSF)の本に同じエピソードが登場したのでちょっと不思議な気がした。
ジョージ・オーウェルの「1984」については上で述べたが、他に今までに読んだ事があるSFでは「バベル17」(サミュエル R.ディレイニー)や「象られた力」(飛 浩隆)、「あなたの人生の物語」(テッド・チャン)などでもサピア=ウォーフ仮説に関連した言語ネタを扱っていたような…

The Language Instinct: How The Mind Creates Language (P.S.)
HarperCollins e-books
2010-12-14
Steven Pinker


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