『ニセコイ』小野寺春のパンチラ表現におけるパンツを敢えて描かないという選択肢について

ニセコイ 


今週は新キャラ小野寺さんの妹小野寺春登場です。
かなり顔が似てます。











一条楽に対してなんか色々警戒してる小野寺春です。
まあそんなに間違ってはないですが。












そしてここからが本題です。
楽になんか言おうする小野寺春ですが…


































そうかクマさんパンツなのか(´・ω・`)



ヒロインの履いてるパンツを敢えて絵には描かずに柄だけ読者に提示するという
最近少女漫画で流行ってる(?)手法です。


参考資料
『にらんでますか?いいいえにらんでません』の紺野聖ちゃんは水玉パンツ可愛い!
『つうがくでんしゃ。愛しのメガネさん』って少女漫画がパンチラ描写の新たな可能性を開く



少女漫画の場合はパンツを描く意味自体があまり無いですし
男女でパンツ見られた見れてないみたいなドキドキ感を描くための演出でしょうか。
ニセコイの場合は柄だけ提示する事により読者の想像に任せるって演出かと思われます。


昔のパンチラはパンツが皺も描きこまれておらず本当にただの布で色気はあんまりありませんでした。
しかしその後パンツの皺やパンツの柄を描きこむ漫画家が出始め
パンチラ表現はいかにパンツの皺や柄を描き込むか
いかにパンツの中の尻を上手く描くかということを競い合うようになっていました。
しかしそれもある程度行き詰ってしまいこれ以上描きようがなくなり
描き込みのインフレに若干飽きてきてる読者も出始めているかもしれません。


そんなパンチラインフレ時代を生きてきた若い漫画家達は
逆転の発想でパンツを描かない事により別の視点からパンチラエロスを開拓したのです。

敢えてパンツを描かない事により読者の想像の余地が生まれ
読者がそれぞれ頭の中で理想のパンツを作り出し
それは下手な漫画家の描き込んだパンツくらいなら軽く凌駕してしまいます。
ミロのヴィーナスの腕があったらこんなに人気出てなかった論と似たようなもんです。

更にパンツを描かない事により下品さが薄まり下品じゃないのにエロいというギャップまで生まれます。

パンチラなんて大昔から存在する表現ですが
いまだに次々に新たな表現方法が開拓され続けてるように感じます。


パンチラ道未だ底が見えず!!




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