ずぶずぶ 2

20歳までに、左翼に傾倒しなかった者は、情熱が足りない。
20歳を過ぎて、左翼に傾倒している者は、知能が足りない。
                    ――イギリスのことわざ(注)

(注)チャーチルまたはディスレーリの言葉として伝えられることが多い。「20歳」を「25歳」、「16歳」としたり、「左翼」ではなく「自由主義者(Liberal)」、「左翼に傾倒しない者」ではなく「保守主義者Conservative」とするなど、さまざまなバリエーションがある。

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「映画に行かへんか」

1976年2月、私が20歳の時に長兄から一枚のビラを見せられたのでした。
紙片は「朝鮮映画を観る会」主催の北朝鮮映画上映会のビラで、長兄の親友で在日朝鮮人のS氏が兄に勧めていたものでした。兄から、「面白そうだから一緒に行ってみないか」と誘われたのでした。私もかねてより、在日韓国・朝鮮人の友達が多かったこともあり、親友の祖国のことを知るいい機会だと思って、長兄と一緒に軽い気持ちで出かけました。

このとき、『ある一支隊長の物語』(という北朝鮮映画)を見て、日本の軍隊が朝鮮でしてきたことを初めて知り、ショックを受けました。そして抗日パルチザンの勇敢さに感動しました。

映画の上映会の時、氏名、住所などを記入する用紙があり…1週間くらいして私の家に若い女性が電話をかけてきました。…
「映画はどうでしたか。映画の感想を聞かせてくださいませんか」

しばらくして、電話の女性が訪ねてきました。…彼女は、「朝鮮映画を観る会」の他に「日本青年チュチェ思想研究会」というサークルを作っていると話していました。…朝鮮民主主義人民共和国の金日成(キムイルソン)主席の「主体(チュチェ)思想」を学んで、日本に広めるというサークルでした。

この頃、松本昌次や安井郁の北朝鮮旅行記を読んだり、北朝鮮を讃美する報道に接して、ますます北朝鮮に興味を持ちました。本や報道では、日本では弱い立場の朝鮮人が金日成の
社会主義革命によって、故郷の朝鮮半島に理想社会を作り上げ、社会の中で子どもが大事にされ、衣食住が保障され、万民が能力を生かした教育を受けられる無料教育制度や、無料医療制度を確立していると宣伝していました。私が求める理想の国=地上の楽園として描かれていたのです。(八尾恵『謝罪します』P.35-39)

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もちろん、ここに出てくるS氏は朝鮮労働党の直属機関である朝鮮総連の活動家、映画サークルの女性はその協力者です。「映画を見せる」というのは、新興宗教や新左翼が信者(メンバー)を獲得するのに使う常套手段ですので、とくに大学の新入生は注意してください。

筆者の八尾恵はこのあと「留学」と誘われて北朝鮮に連れ出され、「よど号」ハイジャック犯と結婚させられ、北朝鮮工作員として教育され、有本恵子さんの拉致実行犯となります。

「情熱にあふれ、知能が足りない」典型ですが、彼女を笑うことはできません。

当時の日本で、学校教育はもちろんのこと、新聞・テレビで北朝鮮の実態をありのままに伝えたものが一つでもあったか。

なかったのです。韓国の軍事独裁政権を批判する報道はたくさんありましたが、北朝鮮については、「金日成主席がどこどこを訪問されました」、「5か年計画に基づき躍進しています」という朝鮮労働党のプロパガンダを、翻訳して垂れ流していただけです。政敵の粛清も、強制収容所も、拉致工作も、「成分」と呼ばれる身分差別も、いっさいが秘密でした。

私(管理人)が北朝鮮の内情を初めて知ったのは、大学生のとき読んだ『凍土の共和国』という在日朝鮮人帰国者の自伝です。余りのショッキングな内容に、韓国の情報機関の創作ではないかと疑ったくらいです。しかし、内部告発が次々に出版され、「ああ、そうだったのか…」と得心しました。やがて、ごく一部のマスコミが、「日本人が北朝鮮に拉致されたらしい」と伝えはじめ、金正日への権力継承期に核開発疑惑が持ち上がりました。

そして2002年9月17日、あの歴史的な小泉訪朝によって、金正日が(日本からの国交正常化資金欲しさに)拉致の事実を初めて認め、ようやく日本の全マスコミがこれを報道したのです。「どうもあの国はおかしい」という世論の共通認識ができたのはこのあとのことです。



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私が北朝鮮に渡った頃、金日成の神格化は完成していました。金正日は、映画、歌劇、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、横断幕、ポスターなど見るもの聞くもの触れるものあらゆるものを使って、生活のすみずみにまで浸透させ、すべてを使って、金日成だけが人民の救済者であると信じ込ませ、「偉大な首領様」と呼ばせることに成功していたのです。…

私は、北朝鮮で平壌の一部や革命史跡、招待所しか見ることができない情報コントロールをされた状態に置かれ、金日成は世紀の偉人だと演出された映画や歌劇を繰り返し鑑賞しました。そしてチュチェ思想だけが真理だと繰り返し教えられたのです。…



北朝鮮で見せられた映画では、日本人は朝鮮人民から土地を奪い、強制労働に駆り立て、虐殺する非人間として描かれていました。髭をつけ、軍服を着たりしていて見るからに下品そうで、嫌らしく憎たらしい人間として演じられていました。それを見ると私も一人の日本人として罪悪感を持ち、情けなく恥ずかしい思いにさせられました。…朝鮮労働党やチュチェ研、「よど号グループ」は、このような「罪悪感という感情」に付け込んで私をコントロールしていきました。最も重要な点は情報をコントロールすることが北朝鮮では可能だということです。…北朝鮮では、ラジオもチャンネルが固定されていて自由に聞くことができません。批判的な情報に触れさせてもらえないだけではありません。一つのものの見方を繰り返し教え込まれた結果、適切に情報を処理する自由なものの考え方ができないようになっていったのです。

『マインドコントロールの恐怖』(スティーヴン=ハッサン)という本を読んで、私は朝鮮労働党やチュチェ研、「よど号」グループは「破壊的政治カルト」だと確信しました。北朝鮮では、映画や歌劇、革命史跡そしてチュチェ思想を通してマインドコントロールが国家ぐるみ、組織的計画的に行われていたのです。

私は破壊的政治カルトによって知らず知らずの間に、金日成主義にのっとって革命に立ちあがらなければならない、と信じるようになっていきました。そして、私がマインドコントロールされたのを見計らって労働党は私を北朝鮮に連れてきた、本当の目的を明かしました。…

「恵トンム(同務=同志の意)、革命をやろうと思ったら、結婚した方がいい。革命は1代では終わらない。代を継いで革命していく必要がある。結婚するなら革命家とした方がいい。私は、本当に革命をやろうとしている男性を知っている。その革命家を紹介しましょう」
(八尾恵『謝罪します』P.93-96)

カリスマ的な指導者にメンバーが盲目的に従う団体がカルトです。破壊的カルトとは、意図的なマインドコントロールによってメンバーの自由を奪うカルトです。ただしメンバーは主観的には指導者に陶酔しているので、自由を奪われていることに気づかない。

「自分探し」に出かけた20歳過ぎの女性が朝鮮労働党に引っかかってマインドコントロールされ、「よど号」ハイジャック犯の最年少メンバーだった柴田泰弘の妻となりました。彼女はメンバーが隔離された生活を送る大同江沿いの「日本革命村」に移り、田宮高麿「委員長同志」と妻・森順子(よりこ)に出会います。田宮自身が完全にマインドコントロールされていたことは、彼が作って毎朝メンバーに唱和させた「日本革命の十の誓い」からも明らかです。

1、我々日本革命家は、偉大な首領金日成同志の革命思想で日本を金日成主義化するため青春も生命も捧げて戦うことを誓います。

2、我々日本革命家は、偉大な首領金日成同志と親愛なる指導者金正日同志を忠誠の一心を持って高く仰ぎ戴くことを誓います。

3、我々日本革命家は、偉大な首領金日成同志の権威と威信を絶対化し、首領様を擁護、防衛するために親衛隊、突撃隊、決死隊になることを誓います。

(以下略)

日本革命の目的は、北朝鮮型のカルト教団国家を建設することだと明言しています。田宮を委員長とする「(日本)自主革命党」準備委員会が結成され、朝鮮労働党の下部組織となります。田宮に直接、指示を出していたのは金正日でした。

田宮高麿


さて、「よど号」犯の妻たちは、八尾恵のように日本でチュチェ研に勧誘されて自発的にやってきた者のほかに、福留貴美子のように「モンゴルへ行く」つもりでだまされて北朝鮮に送られ、妊娠させられたケースもあります。後者は、ヨーロッパで失踪した有本恵子さんのケースとよく似ており、拉致被害者というべきでしょう。

これらの強制結婚は、1975年5月6日の金日成の教示(75・5・6教示)によります。

「『よど号』ハイジャック犯メンバーにも結婚相手を見つけて、代を継いだ革命を行っていかなければならない」

つまり彼らの子どもたちは、「日本革命第2世代」として徹底的に教育=マインドコントロールされ、将来は工作員として日本へ送りこまれるという意味です。

八尾恵のように、20歳まで日本で暮らしたオトナでさえ、数か月でマインドコントロールされてしまう世界。ここで生まれ、ここで育つ子どもたちが、朝鮮労働党のマインドコントロールから自由になれることは、多分、一生ないのではないか。

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日本革命村では子どもたちに、
「そんなことをしたら立派な革命家になれませんよ」とか、「立派な革命家になろうね」という教育をしました。子ども達に日本革命をする革命家になってもらいたかったのです。

金日成・金正日父子に忠誠心を持つことも教えました。海外に(秘密工作)活動に出る時も子どもには、
「悪い独占(資本)をやっつけにいくからね」といって出かけました。親が革命しに行くのだから、「寂しいといってはいけません」と教えました。…

また、子ども達には、対敵教育(敵と戦うための教育)もしていました。「日本の裁判所はブルジョア独占資本の一部だから、嘘をついてよい」というように、日本の権力機関に嘘をいうことは許されるという対敵教育でした。

83、4年頃、「よど号」グループは、図書館だった建物を改装して、日本革命村小学校を造りました。黒板に向かって木製の小さな机を並べて、学年がバラバラな子どもたちを一緒に学習させる寺子屋式の学校でした。子ども達には、金日成と金正日の戦士になるように教育する方針で、校長は田宮でした。その教室で入学式が行われました。

「入学おめでとう」の横断幕を作って、教室を飾りました。子どもたちは、パイプと合板の学習机と椅子に座りました。黒板を背にして校長の田宮が挨拶し、

立派な金日成主義革命家になるようによく勉強して下さい」
「日本人だから、日本のことをいっぱい勉強して下さい」
将来、日本革命を背負ってたつということを教える革命教育をしたり、民族主義教育もしました。…

北朝鮮の先生を一人派遣してもらい、算数、理科は朝鮮語で、日本の国語、社会は女性達が日本語で授業をしました。…北朝鮮の教科書には幼少時代の金日成のエピソードやが描かれ、彼がどんなに偉かったかという内容のものでした。

「かきねの、かきねのまがりかど…」と日本の童謡も教えました。…

子どもたちが小学校の4年か5年になると、村の協同農場の中にある人民学校に編入され、日本革命村のアパートから歩いて通学し、北朝鮮の子どもたちと一緒に机を並べるようになりました。
(八尾恵『謝罪します』P.302-304)

こうして、日本革命第二世代は、慈愛にあふれる金正日同志の懐に抱かれ、すくすくと成長しました。しかしピョンヤンの閉ざされた「日本革命村」にいたのでは日本革命はできませんから、2001年以降、金正日は彼らの日本「帰国」を命じます。北朝鮮は自由な出国を認めませんので、出国する方法は2つしかありません。朝鮮労働党の許可=命令がある場合と、銃殺覚悟で「脱北」し、亡命する場合です。

「日本革命村」の子どもたち20人は、全員が日本国籍の選択と日本への帰国を希望しました。なお、日本の民法は血統主義なので、父親がテロリストといえども日本人であれば、国籍付与を拒否できません。

子どもたちにとって日本は「母親の出身地」であり、「天皇を崇拝する軍国主義者と、強欲な独占資本(大企業)と、アメリカ帝国主義者が結託して支配している敵地」です。懐かしい故郷に戻るという気持ちは微塵もなく、敵地に潜入する工作員の緊張感だけがあったでしょう。



日本国内で彼らを受け入れたのが、かつての革命の同志たちです。その多くは素性を隠し、ミニ政党やNPO、市民団体を組織し、表看板は環境保護、反戦・反核、消費者保護を掲げています。たとえば、「共産主義者同盟(ブント)・戦旗派」が「アクティオネットワーク」と改称し、機関紙『戦旗』を『エコ&ピース』に改称。団体の素性が分からず、入会してしまう若者もいるようです。現在、脱原発運動の波に乗り、「原発、全部止めろ!」と叫んでいるのがこの人たち。これに乗せられる山本太郎みたいな芸能人もでてくるので、彼らの作戦はうまくいっています。

このあたりのことは、こちらを参照。
(ブログ主様は、ブントの活動家から保守に転向)

共産主義者同盟(ブント)は、さまざまな新左翼の緩やかな連合体でした。ブントの活動家の中には、その後、転向して保守派の重鎮となった西部邁(すすむ)みたいな人もいます。一方で、革命への情熱を捨てない人たちもいます。

酒井剛(たける)(ペンネーム斉藤まさし)はその一人でしょう。

「僕は、革命のために選挙をやっている」
「目的は革命なんだから、最終的には中央権力を変えなければならない。だけど革命派が強い拠点地域を作っていくことは重要です」
(季刊誌『理戦』2004の対談記事)

1977年、社会党の内紛が起こり、離党してミニ政党社会民主連合を結成したのが参議院議員・田英夫(でんひでお)。この社民連で田英夫の側近だったのが江田五月(さつき)と菅直人でした。酒井剛は田に接近してその娘婿となり、落選を繰り返していた無名の政治家・菅直人の選挙を支援し、ついに当選させます。鳩山と違って「市民政治家」の菅は、当時からカネがなかった。彼の選挙資金は、いったいどこから湧いてきたのでしょう?

1980年衆院選で菅直人が初当選(東京七区=中野市・渋谷区)


田英夫は、10回も訪朝している親北派の政治家です。北朝鮮工作員で拉致実行容疑者のシン=ガンス(辛光洙)らの釈放嘆願書に署名し、韓国のノ=テウ(盧泰愚)大統領に提出しています。江田五月、菅直人、ブントでは酒井の後輩にあたる千葉景子(社民党→民主党)もこれに署名しています。

北朝鮮に関する田英夫の発言
「拉致の問題は今度の最大のテーマになったわけですが、これについても『あの国は悪い国だから、拉致ぐらい平気でやる』という大前提のうえに立っているのじゃないか。拉致を否定するかというと、私も正直言って否定する材料を持っていません。しかし、逆に言えば、肯定する材料もないのじゃないか
田英夫北朝鮮報告『月刊社会民主』1998年1月号

「金日成時代の一九七二年に旧社会党の同期の議員と初めて訪朝し、これまでに十回くらい行った。金日成主席とは三回会ったが人間としてリーダーとしてすごいやつだと思った。独裁者という感じではなく、北朝鮮の人たちが尊敬するのも無理ないと思った。それだけに世界から親しまれない国になっているのは惜しまれる」

「拉致の問題は北朝鮮のことをある程度知っているだけに『まさか』という気がしていたし、…かなりのまゆつばだと思っていた。表通りの部分しかみていなかったから秘密組織の部分は分からなかった。ただ陰の部分はどこの国にもある。米国にもある」

「北朝鮮に行って陰の部分をみようとしても不可能だ。そういうことにこだわるよりも、イデオロギーの違いを超えて北朝鮮が国際社会の中に入ってくることが大事。拉致被害者の家族の皆さんにはお気の毒だが、拉致問題を理由に国交正常化をせず、平和の方向に行くことをとどめるべきではない。ご家族の感情はよく分かるが、一緒にするのは問題が違う」
(産経新聞インタビュー 2002年10月20日朝刊)

「北朝鮮の立場から言えば、日朝会談で拉致問題について自分たちがやったと認めて謝ったのは、大変なことだったのだと思う。『メンツを捨てて大変なことをしたのに、日本はそれでもまだ意地悪するのか』という感じだろうね
いまある「戦争の危機」を回避せよ『直言極言・田英夫とジャーナリストの会』2002年12月29日



田英夫は、社民連の政党活動とは別に、「MPD・平和と民主運動」なる市民団体を立ち上げ、酒井剛がこの組織を引き継ぎます。一方、酒井は自らの政党として「市民の党」を立ち上げます。このように看板を変えて次々に新しい組織を立ち上げますが、実態は同じというのがこの人たちの特徴です。おそらく何かをカモフラージュしているのでしょう。

酒井剛の「市民の党」は各地の自治体選挙に候補者を立てますが、その名を知らしめたのが2002年、横浜市議会での国旗引きずり下ろし事件でしょう。同党から出馬し、当選した2人の女性議員(井上桜、与那原寛子)は、市議会の冒頭で中田市長が施政方針演説をしている最中に、議場に掲揚されていた日の丸を引きずり降ろし、議長席を5時間にわたって占拠。市議会を除名処分されました。

議長席にしがみつく2人


こういう人たちを各地の地方議会に送りこんでいる「市民の党」の酒井剛と、「民主党」を立ち上げた菅直人。両者の蜜月は続きます(写真左端の白髪が酒井剛)。





2011年3月、酒井剛の「市民の党」が三鷹市議会選挙に擁立したのがこの人。



森大志。「挑戦する28歳」。

ピョンヤンの日本革命村で生まれ育ち、20歳で初めて日本に来たこと、父が「よど号」ハイジャック事件主犯で金日成・金正日を崇拝する田村秀麿、母が石岡亨さん拉致実行容疑者として国際指名手配中の森順子(よりこ)だということを伏せたまま選挙戦を戦い、落選しました。

「両親の罪を子に問うのか!」

「北朝鮮出身者を差別するな!」

と彼らは言うでしょう。たしかに北朝鮮と違って日本には縁座制はありませんし、出身地差別も認められていません。ですから、「日本革命村」の子どもたちにもこうして公民権が認められているわけです。

例えば森候補が、

「私は20歳までピョンヤンにいました。父はハイジャック犯で、母は拉致容疑者です。日本人拉致問題について、私はこう思います。朝鮮語もできますし、ピョンヤンにも人脈があります。私が政治家になれば、この強みを活用して、拉致問題解決のためこのような活動をするつもりです。ご支援をよろしくお願いいたします」

と公約したとしましょう。私が三鷹市民だったら一票を投じるかもしれません。しかし「市民の党」は、森候補の素性をひた隠しにし、「若者に仕事を」などと当たり障りのない公約で、票を得ようとした。これは三鷹市民をペテンにかける行為。まるで、菅直人の民主党です。

その菅直人首相(の政治資金団体・草志会)から6千万円、鳩山由紀夫前首相から1千万円、民主党政権の要人、地方議員からも、多額の政治献金が、この「市民の党」の酒井剛が設立した「政権交代を実現する市民の会」に湯水のごとく振り込まれていることが、先週、発覚しました。これは、原発再稼働問題以上の大スキャンダルですが、東京のテレビ各局はなぜか報道しません。

これはいったい…

2011.7.7 参議院 予算委員会

5:30- 「市民の党」献金疑惑

(つづく)

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