こけしの話(19) 佐藤丑蔵

 最近、ある人から「こけし馬鹿」と評された。その方とは30年来のおつき合いで、無為庵の駆け出しの頃から今に至るまで変わらぬご交誼をいただいている。古来「馬鹿につける薬は無い」といわれるが、無為庵の馬鹿振りも最近は金欠病には勝てずやや沈静してしまった。いつになったら馬鹿に戻れるのか心もとないかぎりであるが、「こけし命」でも「こけし狂」でもなく、まして「先生」でもないところがよい。ありがたく「馬鹿」の称号を頂戴する。



 無為庵が馬鹿の極みの頃に入手したこけしをお目にかける。「こけしの美」141図、「こけし鑑賞」153頁掲載の佐藤丑蔵鹿間旧蔵品である。丑蔵は無為庵駆け出しの頃から数多く集めていたが、80代の筆力衰えた、よく言えば枯淡の境に達したものばかりであった。70代を入手するのも容易ではなく、60代のこけしを必死で買ったのが懐かしい思い出である。その頃は丑蔵の古品が市場に出てくることはほとんどなく、たまに出ても力の弱いものばかりであった。後年収集の重点が古品に集中するようになり丑蔵古品もかなりの数を入手したが、これぞ丑蔵と納得できるものには出会えなかった。「美」「鑑賞」を眺めては羨望とあきらめの思いを抱いていた頃、ある日、松屋での展示品ケースにこのこけしを発見した。平成6年春のことである。



 相良氏に尋ねると、大阪のA氏所蔵品展示で非買品とのことだった。そこを何とか交渉して貰えまいかと指値をして強引に頼み込んだ。無為庵所蔵品も何度か松屋展示に貸し出しているが、その際には必ず非売品ですよとの注文をつけているにもかかわらずの申し入れである。馬鹿とは前後の見境がつかない身勝手な人のことであるとすれば、無為庵も立派なこけし馬鹿である。その後半年ほどして、「OKになりましたよ、ただし、価格はこれこれですよ。どうしますか」との返事がきた。指値の2割増であったが、これを逃してなるものかとばかり即決した。以来、10年余無為庵所蔵となっているが、その間に他の丑蔵は大半を処分してしまい、今では丑蔵はこのほかには一本しか残っていない。



 鹿間氏は鑑賞で「林氏旧蔵品で昭和6、7年頃の作であろうか、目は向かって左に傾き多少流し目で情味に富む。彼の作では優美な方である。」と評している。制作年代には多少の疑問もあるが瑣末なことである。このこけしの魅力は思い切り切れ長な両目に、向かって左目は眼点大きく木地のにじみも相俟って潤んだ瞳となり、右目は一転して右方向を凝視するような集中力のある眼点を打っていることから醸し出される破調にある。一見すると優美にも穏やかにも見えるが、芯の強さを内に秘めた女性を思わせる。慎ましやかな鼻と口が豊かな頬を作り出し、笑みを見せて穏やかであるにもかかわらず、目が小さな口とともに何か言いたげである。鹿間氏好みは「鑑賞」中央のグロ味の強いものであるようだが、無為庵の採るところではない。潤んだ瞳は木地による偶然の産物であろうが、この近眼美人丑蔵は観るたびに何かを訴えかけてくるようだ。(6寸8分)







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