ライズ代表の治療の歴史

日本OCDクライアント会 愛称ライズ       2009年7月24日更新

〈19歳〉
初めて精神科に通院するが全く医師に理解されず、2回であきらめる。


〈23〜28歳〉
5〜6ヶ所の病院・クリニックに通院してみたが全く医師に理解されなかった。
そのうちの2箇所の病院に半年くらい通院するが、特にアドバイスはなく薬物療法のみで症状は悪化する一方。

入院をすると楽になる、あるいは良くなると思い、自ら任意入院をする。
主治医は簡易分析療法を週に1回50分おこなってくれたが、症状を訴えても看護スタッフ・主治医に全く通じなく、2ヶ月半で自ら退院した。

実家で3年半寝たきりになり、天井と壁を見て過ごす。
布団も汚く感じ、だんだんと使えなくなる。
この時期、週に一度通院。
薬物療法と一年間の簡易分析療法、2年2ヶ月間のカウンセリングを受ける。(いずれも週一回50分。)

症状は悪化する一方で、廃人のような生活を送っていた。
母の親友が週に2回お見舞いに来てくれたが、実家に寝込んで3年半たった頃、東京行きを勧めてくれた。
(当時、母の親友の息子さんが東京の大学4年生で、一ヶ月付き添ってくれるとのことであった。)

東京行きを決意する。
上京し大きな本屋に2人で行き病院のガイドブック4〜5冊購入。
強迫神経症(当時)に強いと評判の高かった大学病院・国立病院を学派別に回ることにする。
当時の症状で東京を歩くのはとても厳しかった。
来る日も来る日も連敗であった。

「あなたは重すぎてうちで見ることは出来ない」とはっきり言われた。

10ヶ所以上の大学病院・国立病院を回る。
その中で、1つの病院の医師に

「九州の山上先生を知っていますか?あなたが本当によくなりたいのなら山上先生のところに行き、行動療法を受けたほうがよい」

とアドバイスを受ける。


〈31歳〉 
山上先生のチーム、九州の国立H病院に6ヶ月間入院。

カンファレンスで、山上先生(OCDを治すために日本に行動療法を導入した行動療法のパイオニア)に
「あなたは目に入る全てのものが症状につながる。強迫のデパートですね」
と言われるほどに重症であることが判明する。
山上先生のお弟子さんに6ヶ月間徹底的に曝露反応妨害法の〈行動療法〉を受ける。

退院し田舎に戻ると、親もびっくりするほど回復していた。


〈32歳〉
上京


〈33歳〉
引越しをした際、家具などの荷物全てが汚れた感覚に陥る。
また引越し3日目でトイレを詰まらせてしまい水が逆流したことが先行刺激(引き金)となり再発。

〈33〜34歳〉 
諸事情で九州には行けず静岡で入院。
森田療法を5ヶ月間受ける。
森田療法は厳しかった。
九州での行動療法がなければ入院生活から脱落していたと思う。
そして再び行動療法を思い出すことが出来た。


〈36歳〉 
2度目の引越しで、すぐにまたトイレを逆流させてしまい、また症状が悪化する。

〈再再発〉 

当時東京にやっと行動療法が入ってきていた。
S大学病院に3ヶ月入院にて認知行動療法を受ける。
退院後は、同病院の特殊外来OCDに約2年半、週に1回30〜45分通院して認知行動療法を受ける。
当時の主治医でOCDスーパーバイザーに

「今後の人生でもう入院することはないでしょう」

と太鼓判を押され、現在は日常生活を普通に営んでいる。

〈〈私の受けた主な治療〉〉
簡易分析療法・・・・・医師2人から1年2ヶ月(青森県内)
カウンセリング・・・・医師4人から約4年(青森県内)
臨床心理士2人から3年半(東京都)
箱庭療法・・・・・・・数回(東京都)
行動療法・・・・・・・入院で6ヶ月(佐賀県)
森田療法・・・・・・・入院で5ヶ月(静岡県)
認知行動療法・・・・・入院で3ヶ月、通院で2年半(東京都)
受診した病院・・・・・約30箇所(1都5県)
わたしのOCDに効果があったと思う治療法・・・・行動療法・認知行動療法・森田療法


私の最もリスペクトしている先生方

行動療法医 山上俊子先生

行動療法医 飯倉康郎先生

森田療法創始者 森田正馬(まさたけ)先生


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