佐藤誠治


佐藤誠治さんは宮城県遠刈田の出身で、丑蔵さんの弟に当たります。遠刈田で木地修行をした後、及位の文六の元で戦前戦後を通じて働き続け、昭和37年同地でなくなりました。
 このこけしは、昭和20年代の自挽きのものと思われますが、頭の形態はやや横に長い、初期・中期の文六さんのこけし譲りで、そこに大振りの眉と目が描かれています。目は一重で、鼻と口は目に接近して描かれ、これも、最晩年の文六さんのこけしを写したものではなく、第三期からそれ以前のこけしを写したものでしょう。
 このやや横長に見える頭部に、細身のやや短めの胴がついています。写真では、上下に、赤い轆轤腺が3本ずつ見えますが、上部の赤い轆轤腺をはさんでその上下に緑の轆轤腺が1本ずつ、下部の轆轤腺の上に、緑の轆轤腺が2本配されています。胴模様は様式化されたやや狭い菱菊模様で、三つの花それぞれの上に3枚からなる葉が、左右に3段描かれています。
 木地は、木地に残った刃物の後からして、足踏み轆轤で挽かれたもののように見えます。署名はありません。
 寸法は6寸と小さいですが、力強さと存在感を持った愛すべきこけしではありませんか。文六さんのこけしの味を確かに受け継いだものといえましょう。

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