聖火リレー、「世界に発信」絶好の機会 山梨県通過は6月27、28日

2020年東京五輪で全国をめぐる聖火リレーの日程が12日、大会組織委員会から公表されたが、本県は全国の都道府県で42番目、同年の6月27、28日に通過することになった。昭和39(1964)年の東京五輪では、県内は国道20号の102・5キロ(82区間)を、計1886人の若きリレー隊員が走り抜けた。今後検討する選定ルートは、国道など幹線道路を中心とした案が有力となりそうだ。 (松田宗弘)

 県オリンピック・パラリンピック推進室は、県内通過が土、日曜になったことを「大変な幸運。多くの県民が参加でき、山梨を世界に発信する絶好の機会となる」と歓迎している。

 県は今月中に、ルート選定や聖火ランナーの選出方法などを決める検討委員会を設置し、年内をめどに素案をつくる。

 同室によると、各都道府県がルートを選定するが、大会組織委は(1)できるだけ多くの人が観覧できる(2)警備を含め安全かつ確実に実施できる−の2つを原則にしているという。

 このため、ルートは幹線道路が有力だ。県内の発着地も議論の大きなポイントになる。本県は聖火を静岡県から受け取り、神奈川県に引き渡す。県境を超える行程は、大会組織委が車で聖火を運搬することも想定されている。

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 ◆前回の東京五輪「祭典成功の架け橋」

 昭和39年の東京五輪の直前に、県広報課(当時)が発行した「県庁だより」(8月号)によると、聖火は「10月6日、長野県境の国界橋でリレーされ、同日午後6時に県庁へ到着。翌7日は午後3時5分に神奈川県に送る」−とある。

 リレールートは、白州町(現・北杜市)から甲府市経由で上野原町(現・上野原市)へ、甲府盆地を中心に県内を横断した。

 「県庁だより」(11月号)では「もりあがった県民運動」として、東京五輪を振り返った。

 「6日、7日の聖火リレーを機にオリンピックムードは急激に高まり、沿道を埋めた観衆は25万人を記録した」と盛り上がりを伝えた。「聖火リレーした若い人も、世紀の祭典を成功させる大きな架け橋となったことは感激ひとしお」と結んでいる。

 ランナーには、大月市で高校生だった落語家の三遊亭小遊三さんがいたことは広く知られている。今後、ランナーの人選方法なども注目されそうだ。

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