聖歌4番「栄光の賜物」に込められたお父様の思いとは?

今日もいいことありました?



トゥデイズ・ワールド・ジャパン2011年天暦10月号(陽暦12月号)に太田洪量(ひろかず)先生の講話「氏族的メシヤを通し、父子の因縁を結ぼう」が掲載されています。

この中で聖歌4番「栄光の賜物」に関する意義深い内容が書かれていましたので紹介します。(58ページ)。
 お父様の迫害路程、具体的に言えば六度にわたる牢獄生活は一体何のためにあったのでしょうか?

 聖歌の四番「栄光の賜物」が深いヒントを与えてくれます。お父様はどうしてこの歌を天一国の歌にされたのでしょうか?お父様がお作りになった歌はほかにもあるのに、どうしてこの歌なのでしょうか?

 この歌は、お父様が一九五〇年十月十四日に興南(フンナム)刑務所(徳里特別労務者収容所)を出て、十月二十四日に平壌に到着、十二月四日に平壌をたつまでの四十日の間に作られた歌です。収容所を出たばかりの丸坊主で、汚い囚人服を着て、弟子を捜し回りながら書かれた詩です。

 詩というのは、その時の心境とか心情の表現です。ですから、「ああ、あのとき、お父様はこんなお気持ちだったんだな」と分かるのです。

 例えば二番の「蘇(い)きた生命(いのち)はいずこに」は、弟子たちを訪ねていかれたお父様のご心情です。三年前には教会に来ていたが、自分が興南にいた間もちゃんと霊的に生きていたのだろうか?こういう切ない思いで訪ねて行かれたのです。

 三番の「死から蘇きたこの我は、蘇かしたお方に抱かれて」。これについて私は長い間、「霊的に死んでいる堕落人間が復活摂理で生き返っていく」ということだと思っていたのですが、そうではなかったのです。お父様ご自身のことだったのです。

 自分は牢獄生活で肉体的に何回死んでもおかしくなかった。興南で空爆に遭ったが、自分の周り十二メートル以内は神様が守ってくださった。その前の牢獄生活もその前の牢獄生活も、死んだはずだったのに、守ってくださった─。そのお気持ちが、「死から蘇きたこの我は、蘇かしたお方に抱かれて」という言葉になってほとばしり出たのです。

 大事なのは四番の「愛に満つるも主の恵み」のその後です。これはできれば韓国語で歌ってほしいのですが、日本語は「崇(あが)め崇めて奉(まつ)れども」ですが、韓国語では全然違うのです。直訳すると、「(自分を)高め、もっと高めて、お返ししようとするけれども」となります。

 「足らぬこの身を如何(いか)にせん」。これも「この身」というと、行動とか生活とか、外的なものになりやすいのですが、直訳は「不足なるこの心、どうすることもできない」という意味です。

 「自分は神様からこんなに恵みを受けてきたから、たくさんたくさんたくさん、お返しししたいと思うけれども、自分の心が足りないから、どうすることもできない」、そういう心情の吐露なのです。

聖歌四番「栄光の賜物」を毎週礼拝の時に韓国語で歌うのですが、このような深い意味があることを悟れませんでした。これから歌うときは真のお父様の心情を考えながら歌ってみます。

このブログをご覧になったすべての人に幸福が訪れますように。祈

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コメント (2)
とっても助かりました、そして感動しました。この歌を韓国語で指導しています、自分で韓国語の解説を読んだ時もその世界のすごさに圧倒されたのですが、さらに深い感銘を受けました、ありがとうございます。
音楽好き
●音楽好きさま
コメント、ありがとうございます。
教える側も技術だけでは限界があると思いますので、その歌の深い内容まで教えてあげることで、歌う側がより深い心情で歌えると思います。これからもぜひ良い指導をしてあげてください。よろしくお願いします。
平和を愛する天国人

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