「協同労働の協同組合」法制定推進フォーラムに参加した


11月11日(月)、病院での検査が入っていたので欠席の予定だった「協同労働の協同組合」法制定推進フォーラムに、体調があまりよくないという理由だがその検査を延期したので、思いがけず参加することができた。

 NPO法人障害者の職場参加をすすめる会として、仕事おこし懇談会inこしがやの縁で、このフォーラムに実行委員会段階からかかわり始めたのだが、直後に骨折して入院手術になり、実行委員会も欠席続きで、今日やっと参加した。

 昼をまだ食べてなかったので、会場である三郷市文化会館の1階にあるコミュニティ・レストラン青いそらでまず昼食。腹が減っていたので、おしゃれなランチを食べ始めてから気が付いて写真を一枚。ここはワーカーズコレクティブが運営しており、前に「絵日記の旅」でも来たことがある。

 遅れて会場に着くと、日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会名誉理事 永戸祐三さんの基調報告が始まっていた。

 ちょうど席に座った時、たぶん1970年代後半の話をしていたのだと思う。「自主生産を労組が行っていても、委員長が社長になるといった形で会社の形はそのままで、相変わらず隠然とした労使関係が続いていた」という言葉が耳に入って来た。

当時連れ合いと私が都内から埼玉の団地へ越して来て間もなく、私は生協の非常勤職員をしていた。中国から一時帰国した元従軍看護婦のIさんを家に泊めており、彼女が当時の中国と比べて日本の生活水準の高さを何につけても口にするので、経済成長の半面で切り捨てられてゆく状況もあるんだと、当時頻発していた企業倒産と闘う労働現場の状況を一緒に訪ねて回った記憶がある。下の画像は、その当時現場でもらったビラの一部。


あるカメラ会社はその後たしかに委員長が経営トップになる形で働く場を守ろうとしていた。永戸さんが指摘するような「隠然とした労使関係」は存在したのだろうか。

 ともあれ、永戸さんらはおかしいと考え、スペインのモンドラゴン等を見に行った。そして、協同組合方式の企業が承認されていることを知り、自信を持った。ヨーロッパでのそうした取り組みの歴史は古く、永戸さんはプロイセン議会での演説まで例に引いていた。いっぽう、日本では生活協同組合、農業協同組合など、すべては戦後GHQが作ったもので、いまだに国の認可制度になっていまだにそのままでいる。

 「協同労働の協同組合」法制化を求める市民会議の長年の運動が実り、法制局から大筋の案が示されているが、はずせないポイントは、認可制でなく普通の会社と同じ届出制とすることや労働者性。法人の役員も労働者である組合員が協同で選出するのだから労働者でもある。

 日産や神戸製鋼の事件に見られるように、長年日本が売り物にしてきた職人の魂やパワーが打ち捨てられている社会状況を変革していくためにぜひ実現させたい。年末までに通常国会で通るよう準備してゆくというような話だった。

 第2部として、地域からのリレー報告があり、NPO法人障害者の職場参加をすすめる会からは「株式会社ニューオタニ」、ワーカーズコープからは「子ども食堂たいむ」と「センター事業団みさと事業所」、ワーカーズコレクティブでは草加の「いと」と三郷の「青いそら」からそれぞれ報告があった。

 みさと事業所は病院からの業務委託で清掃、リネン、電話交換、送迎車、当直、売店など約30名で行っている。地域の就労移行支援事業所と連携し、利用者を受け入れて業務をシェアしたり、うち1名がこの11月から組合員として就労している。受け入れに際して賛否両論いろいろ出される中でやってきた話を興味深く聞いた。帰りがけ、一度見に来ませんかと言って頂いた。

 終わって文化会館を出ると、すぐ前の早稲田公園の桜の紅葉が目に染みた。

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