NPOと労働組合のコラボとはーネット21運動シンポに参加して


12月9日(土)「シンポジウム&交流会『異文化交流』から『協働』のステージへ ネット21運動でつながるNPOと労働組合という集まりに参加した。(上の写真は彩の子ネットの鈴木さんより)

 さいたまNPOセンターからの声かけに応じ、職場参加をすすめる会と越谷市職の協働について、市職委員長の森田さんと事例報告をした。以下の当日写真は、市職からいただいたもの。


恐縮したのは24ページの資料集の半分を使って私のパワポを載せてくれていたこと。


「越谷市職との40余年の歴史」と題し、いわば切り株の年輪をひとつひとつ数えたような報告。


資料的には重要なのだがこの場の雰囲気とはずれるマニアックな話だったようで、質問もなく主催者の期待には応えられず。そもそもネット21とは何か、よくわからず参加したのが悪いのだが。

 初めの連合埼玉・佐藤事務局長のこの運動についての説明と何よりトリを務めた早稲田大学・篠田教授の「パートナーとしての労組とNPO」という講演および会場の反応に接して、ようやくイメージがつかめた。


順番を逆にしてもらえたらよかったなと思った。が、しかたないから、ここで話を組み立て直しておこう。


 篠田さんの話の中で、阪神大震災を機にボランティア活動の法制化にあたり連合が強く応援したことや、東北大震災で連合の組合が大動員したが、ふだんの組合活動には参加しない層も積極的に多数が参加したと述べられた。

40年前のわらじの会スタート時に家の奥から初めて街に出る障害者達を、駅の階段を担ぎ狭いトイレでの介助などに活躍した家族連れを含む40名余りの市職組合員たちの姿と重なった。

 篠田さんは『異文化交流』から『協働』のステージへ というタイトルについて、「協働」は「コラボ」の意味だが「コラボ」は異なるジャンルが一緒にやることで、近いもの同士は「コラボ」と言わないと述べた。この話もストンと落ちた。

 私が「共に」と言うのも異なるものが一緒にやる意味で、そこには必ずぶつかりあいや折り合いが欠かせない。私は、この日のパワポで越谷市役所での職場実習や組合事務所での超短時間就労の事例を挙げたが、そのプロセスはまさにそのような関係の歴史だった。
 
 公務員バッシングが強まり、人減らしで過酷な労働を強いられている職場に、体験であれ重い障害者を受け入れることは、自分の首を絞めることにつながらないか?あるいは、障害者本人にとって、そんな体験をしたとしても意味があるのか?周りの自己満足にすぎないのではないか?そんなことよりも、施設での訓練や作業工賃アップの支援策に集中すべきではないか?

 組合として、あるいは市の担当者としても、さまざまな不安や疑問を抱え、一緒に動く中で考え合ってきたのだ。パワポの中に、歴代の市職委員長が参加したシンポや勉強会のようすを入れた。

 ただ、森田委員長が率直に述べたように、この「コラボ」はとぎれとぎれながらまた現れるといった細い流れでしかないこともたしかだ。

 それでも、こうしてふりかえってみると、私たちが「職場参加」と名付けたいまここにある活動は、長い歴史の積み重ねの結果といえることを、パワポにまとめた。

 そして、この「職場参加」の取り組みの波及力は、意外に大きいのだ。


 ふだんは障害者だけの場に通っていたり、ひきこもっている人が、週1時間でも、月1回でも、市役所や企業の職場で役割を担って働いた時、それが本人はもちろん家族や施設関係者などにとっても、極端に言えば世界観が一変するような出来事だということを、ふだん労働現場にいる人達は想像しにくいだろう。家族やご近所がこっそり市役所に見に来たという話も聞く。

 また長年施設で変わることのない日常を生きてきた人が職場実習先の上司である〇〇さんに挨拶するように教えられ、それで初めて「人には名前があるのだ」と知り、施設へ戻ってからんみんなの名前を覚えて誰彼なしに名前を呼ぶようになったので困ったという笑い話もある。

 ひきこもりが長くデイケアや施設を勧められると自分を否定されたと感じ荒れる人が、「アルバイト」ならしたいと、私たちが受託している県立公園の花壇整備共同作業には出てくる。作業の後、管理事務所に一緒に報告に行くと誇らしげに自己紹介し挨拶する。稼いで生計を立てるという文脈とは異なるが、社会の一員として役割を担っているという実感の重さだ。重い知的障害の人も、事務所に行くと自分なりのことば・しぐさで報告している。


晴れ晴れと報告する人々に向かい合う一瞬、管理事務所の職員たちは、自分たちが働くことの隠されていた広がりともうひとつの重みにふれる。


 篠田さんは、「コラボのコツ」として、退職後の高齢者が認知症の人の話を何度も繰り返し聴くボランティアをしている例を引き、認知症の人に喜ばれることでその退職後の人も助けられていると述べる。そして「一緒は楽しい」と言う。一緒の場と時間を共有していると、ぶつかりあいすら楽しくなる。私たちが「共に」と言ってきたのはまさにそういう関係だ。


 ちなみに、この日1人で来ざるを得なかったのは、他のみんなが生活クラブ生協とBBQをやっているからだ。「うんとこしょー共に活きる介護人養成講座」の一環。


 目的は介護人養成及び介護人と共に街に出る障害者を増やすことだが、一緒に食べたり、遊んだりして、からだを動かす中で顔見知りになり、座学も交えようというもの。ネット21運動も、そんな出会いをベースにしながら、篠田さんの言葉を使えば「さらに意志決定まで一緒に」、そして連合からの県に対する政策提言等にも参画できるようになればなおいいと思った。

 以上をまとめ終わってから、このブログのいちばん古い記事が、ネットワークSAITAMA21の主催するNPO訪問の一環で、2009年10月に世一緒に関係者の方々が見えたときのことを書いたものだということを思い出した。下記のURL.参照。 http://yellow-room.at.webry.info/200910/article_4.html

 タイトルが「労組関係者に「職場参加」をどう説明する?」。あらためて読んでみた。「雇用されている者の権利を守るための組織である労働組合関係の方々には、なかなか理解できないのではないかと思われます。」と書いてある。そして、「結果としては、労福協のみなさんから活発な質問や感想をいただきました。つたない説明ながら、何かを伝えることができたように感じられるのは、おそらく労福協の皆さん自身の中で「雇用」、「労働」のイメージが少しずつリニューアルされつつあるためなのかなと推察いたしました。 」とまとめている。

 あれから8年―このささやかな再会を、つぎにつなげたい。 

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