障害女性ピア日吉さんの「絶対に産むぞ」 に共感 (松山さん感想文)



冒頭の写真は、2017年度毎週水曜の午後、職場参加ビューロー・世一緒を会場に、42回にわたって行われた「すいごごカフェ」の8月23日、世一緒のファシリテーター・日吉孝子さんがゲストとなり、三つ子を生み、育てた話をしたときのもの。左の後姿が、以下に紹介する感想文の筆者で、聴覚障害者の松山美幸さん。その右が日吉さん。

 日吉さんの話は、facebookや職場参加ニュースで簡単に報告したが、この松山さんの文章は迫力が大いにあるので、本人の許可を得てここに全文紹介させていただく。



8月23日 すいごごカフェに参加して
                       まつやまみゆき
日吉さんの子育ての話

今日の「すいごごカフェ」は日吉さんの子育ての話をするというので、数日前から楽しみに世一緒に行きました。

思い起こせば日吉さんと初めてお目にかかったのは、8年〜9年くらい前に、越谷訪問がほぼ初めてにもかかわらず「体験をお話しください」と山下さんに依頼され、参加した「べんきょう会」でその当時の職場での差別をガーガーとわめき散らしていた私に「松山さんの気持ちがよくわかる」と発言してくださったのが、日吉さんでした。

それから何回となく、障害者の職場参加をすすめる会に参加したときに日吉さんにお目にかかり、子供が3人いるオカン同士だということ、年が近そうだということでなんとなく話をして意気投合したと勝手に思っていたのでした。
なので、すいごごカフェで日吉さんが子育てのお話をするというので、これは聞かなきゃ!と思って今日、越谷の駅に降り立ちました。


・三つ子を産んだ話
すごくうらやましかったです。結果的に私も3人の子供を産みましたが、いっぺんじゃなくて、9年の時差出産です。それも長女を産んで5年4ヶ月後に長男、3年半後に次女でした。

普通の人が一人でも子育ては大変なのに、三つ子を産んだ日吉さんもすごいです。いっぺんに済んでうらやましいです。

妊娠したから流すという気持ちは全くなく、産むぞ!と強い気持ちで挑んだ日吉さん。やっぱりオカンだなあと思いました。当たり前っちゃ当たり前ですが、妊娠してオロオロするのは違うでしょ。と思う私がいます。そこはとっても共感ね。

余談ですが、手話を習うまではこの世で、聞こえないのは私だけだと思い込んでいたあの頃に、女と生まれたからには子供を産んでみたいと強く思っていた時代がありました。桐島洋子をまねして、結婚しなくても未婚のシングルマザーをするつもりでいました。でも縁あって結婚できて、子供を3人産めたのは幸いでした。とにかく私は結婚願望よりも母親願望がものすごく強かったです。



・保育園に預けた頃の話
長男さんがある日突然、隣の子を殴った話。長男さんが殴ったのもちゃんと理由があったのですね。子供ってそういうもんですね。そのときの日吉オカンの子供に対する語りかけが感動的でした。3歳の子供に人生を語って・・・と言っていましたが、でも意味はわからなくても気概は伝わったと思います。子供って親の必死なところはすごく敏感に感じ取りますもんね。さすがです。日吉オカン!

・板橋区にいた話
前にちらっと聞いたことがありましたが、妊娠出産の時に板橋区にいた話にはびっくりしました。「志村福祉事務所には大変お世話になった」と日吉さんはおっしゃいました。現在板橋区に住む私としては、嫌な印象を持たれなくてよかったです。
特別に板橋区が好きというわけではありませんが、たまたま住んでいるところが板橋区なので。。。

昔から板橋区の税金の半分は福祉に使うという話で有名です。工場が多かったので税収もよかったらしいです。でも今は工場も移転したりつぶれたりで板橋区も貧乏になってきているようです(汗)


・群馬にいた話
群馬県で車に乗って仕事をしていたと聞き、運転できるなんていいなーと思いました。私も免許を取りたかったのですが、当時つきあっていた夫に大反対され、免許取得を諦めました。スピード狂なので、危ないと思われたようです。当時も今も自転車で飛ばすので(汗)

8年働いたと言うことです。お子さんもそれぞれ大きくなって旦那さんのお母さんも亡くなり、嫁としての勤めが終わったので、越谷に戻りたいと言うことで、お一人で越谷に戻ってきたそうです。
この部分がすごくうらやましいです。

嫌いで別れたんじゃないのね。私も子供が成人して、母としての勤めが終わったからもう解放して欲しいと思う気持ちはヤマヤマですが・・・。ほんっとうらやましい。



・お子さんが大きくなった話
お子さんは現在36歳だそうです。長男さんは結婚されて、長女さんは独身で山がお好きで、よく山登りをされているそうです。次男さんも結婚されたけど、今はおひとりだそうで、看護師をされているそうです。すごいなー。3人のお子さんがきちんと育ったのは、肝っ玉日吉オカンのお陰だと思います。

・貧乏だった話し
子育てって、本当に何をするにもイチイチお金が掛かります。なので、少ないお金に優先順位をつけるのが、すごく大変でした。物心ついた3人の子供に「あれ買って、これ買って」と言われるモノほどつらいことはなかったです。だけど貧乏だったから、子供は自分で働いてお金を稼ぐということを、身をもって体験させたと言えそうです。やせ我慢ですが(汗)

日吉オカンも「親に銀行強盗しろっていうのか!」と娘さんに話したのには笑えました。うちもしょっちゅう、「どっかからお金が降ってこないかな」と何回思ったか!です。「金は天下の回りものというけど、全然うちには回ってこないじゃん!」と何度呪ったかです。でもそれでも子供は何とか育ちましたとさ(笑)


日吉さんも妊娠したときは絶対に産むぞと思ったそうですが、私も結婚しなくても子供はだけ絶対に産みたいと思いました。普通の人のように母親になると言うことを経験してみたかったのもありますが、子供を産んできちんと育てて、障害に関係なく子供を育てることができる事を証明して見せたかったし、なによりきちんと育てることで自分の応援団を増やしたかった気持が、とても強かったのです。日吉さんもそうでしょう。共感ね。

子供がひとりじゃなくて3人だったと言うことも、子供が孤立しないでよかったと、私も本当に思います。
子供がひとりだと誰にも相談できないし孤独にさせたのではないか?と日吉オカンもおっしゃっていました。


私の場合は聴覚障害者なので、聞こえないことをいいことに、目の前で母親の悪口を子供同士で話しているのは、まあよかったんじゃない?聞こえなくても悪口って、雰囲気でわかるんですよねー。フンッ。


現在、子供たちも32歳、26歳、23歳となり、母親を嫌っていないと思っているので、応援団でいてくれると勝手に思っています。何より様々な体験ができたこと、ママ友と今でも仲良しでいること、長女のママ友と旅行したり飲みに行ったり、長男のママ友とは20年以上区民農園を続けたりと、応援団以上に私の人生を豊かにしてくれました。

自分も障害を持ったことで、越谷と日吉さんとご縁が出来て、本当にありがたいと思っています。


手話通訳を依頼してくださり、ありがとうございました。貴重な時間を過ごせました。

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