山形庄内藩で現実に起きた御家騒動を書いた藤沢周平著「長門守の陰謀」を読む

藤沢周平著「長門守に陰謀」(文春文庫)を読みました。 藤沢周平の小説には「海坂藩」という架空の藩が登場しますが 「長門守に陰謀」では山形庄内藩という実在した藩で現実に起きた御家騒動が史実に基づいて書かれています。

庄内藩では 正保2(1645)年ごろから 庄内藩主・酒井忠勝の弟・酒井長門守忠重が藩主の世子・忠当を廃して自分の長男・九八郎忠広を密かに後継にしようとしたことから それを阻止しようとした筆頭家老・高力喜兵衛らとの藩内の対立が高まり 一大お家騒動に発展しました。

この小説に登場するのは全て実在した人物で 悪役となる酒井長門守忠重の略歴をウィキペディアで調べると次のように書かれています。

(酒井長門守忠重の略歴)
  ・慶長3年(1598年) 酒井家次の3男として生れる。
  ・元和3年(1617年) 従五位下長門守に叙任
  ・元和8年(1622年) 出羽国村山郡白岩4000石領主となる(のちに8000石
   に加増される)。
  ・寛永10年(1633年) 1000人余りの餓死者を出すなどの苛政をしいたため、
   白岩領の農民が一揆を起こして江戸奉行所に訴える。
  ・寛永15年(1638年) 江戸奉行所の判決により白岩領主を改易となり
   庄内藩主・酒井忠勝に預けられる。
  ・寛永19年(1642年) 藩主・忠勝の娘と長男・九八郎忠広を結婚させ、
   庄内藩主の世子を廃して後嗣にしようとする、お家乗っ取り計画が発覚。 
   お家乗っ取り計画は その後 藩主・忠勝の死により失敗に終わる。
  ・承応元年(1652年)  庄内藩主・酒井忠当より金二万両を贈られて義絶
   される。
  ・寛文6年(1666年)9月24日、夜中、何者かに襲われて死亡する(享年71)。


長門守忠重の陰謀は 結局 成功せず 江戸に近い市川村にて晩年を失意のまま籠居しますが 家督相続の忌まわしい影を引きずって現れた老敗残者として 周りの人々から黙殺されたまま 最後は何者かに襲われて非業の死を遂げます。

著者・藤沢周平は 老敗残者として失意のまま晩年を孤独に過ごす長門守忠重を この小説の最後の部分で次のように書いています(抜粋のみ)。

西向きの座敷の障子が真赤に染まっている。 夕日が落ちるところらしかった。それを見ると 長門守はいったん座ったお膳の前から立ち上がって外へ出た。 腹は空いていなかった。 家の横手に回る。 思ったとうり 地の滴(したた)りのようなものが西空の一角を染めていた。 海の方面には青黒い雲が動き 雨でも降っているのか雲は地面まで垂れさがって薄暗くなっているが そのために西の空のその一角だけは異様なほどに輝いている。xxxxx。空には雲がふえて 暗くなり いまは西空のほんのひとにぎりほどの場所が 明るくかがやいているだけにすぎない。 そこから淡い光が枯野にさしこみ 白髪の長門守を染めていた。 そうして落日の余光を浴びていると 自分の孤独がよくわかった。

ここで描かれている日没目前の夕日は 人生の終わりが近いことを知りつつ晩年を過ごす長門守そのものであり 落日の余光は 孤独に過ごす長門守の心境を見事に表現していると思いました。

藤沢周平の書く小説の人気が高いのは ストーリーの面白さだけでなく 人間の持つ微妙な感情を巧みに表現していることにもありそうです。

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