こけしの話(32) 長谷川清一

 とうとう3月になってしまった。春うきうきと草木まで息吹の季節なのだが、今後の繁忙を思うと無為庵にとっては少々憂鬱な季節だ。百年に一度?といわれる不景気風が吹き荒れる昨今を思えば不謹慎かもしれない。



 前回、鳴子大会で呼称統一が図られたのかと書いたところ、蝶々氏から丁寧なご教示をいただいた。深謝。同じスタンプが他のブログで紹介されているとも友人から教えられた。斉ではないこけしの背に同様のスタンプがあり鳴子大会では数人の工人の作品を用いた可能性が強い。ともあれ、こけし研究家ではない無為庵としては少々横道に迷い込んでしまったの感がある。



 左図は最近入手した長谷川清一。久松旧蔵品でひやね入札会の出品、現物を見て気になったので入札した。会場で見たときには、前髪から額にかけて白い粉のようなものが一面に付着していた。何とかなるだろうと札を入れたが、落札してから、擦るわけにもいかず思案投げ首で放置していた。最近、服に付いた犬の毛をガムテープの糊面で取っていて、ああそうだと、軽く叩いたらいとも簡単に取れてしまった。粗い木地の木目深くに入り込んだ所は残っているがこの程度なら苦にならない。



 清一はかなり多くのものが現存するが、大半は細身に繊細な胴絵の10年代のもので、古い時期のざっくりと大まかな味わいの作品は少ない。



 この清一は太い胴に濃い赤がうまく配置されている。胴と頭部のバランスはどっしりと存在感があり、古色の木地中央の大きな赤、上辺のごく小さい赤、下辺の湾曲したやや小さい赤は中央の花に安定感を持たせている。緑がかなり薄くなっているが、これが赤の色を鮮烈に印象付ける。濃く寂びた赤の色が、写真では分かりづらいが、古色の木地にいい味わいをもって映えている。古陶磁器の友人は古伊万里の赤だねえと評したが、陶器に縁のない無為庵にはその意味が分からない。



 横広がり頭部にまっすぐ前を見つめる素直な面描は外連味なく純朴で、造形とあいまって芯の強い健康な鄙の娘さんになっている。とはいえ、この赤の強烈な印象にこそ無為庵は惹きつけられたのであり、仮に保存状態がかなり良いものであったならこの味わいは出ないのではなかろうかと思っている。(6寸7分)



(追記)



過去にどのこけしを採りあげたか分からなくなってきたのでタイトルに工人名を加えた。カテゴリーも付したがほとんどこけしの記事なのであまり意味はなかったかもしれないが、バックナンバーをクリックするとカテゴリーがでるので、こけし関係のみを閲覧される向きには多少便利になったと思う。







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