「日本人の心」歌い続けた お千代さん逝く

歌手の島倉千代子さんが8日午後0時30分、肝臓がんのため都内の病院で亡くなられた。75歳だった。

お千代さんは、私たち団塊世代にとって、思いで深い歌手の一人だ。物心ついた時には、「東京だよおっかさん」や「からたち日記」のあの透き通るような歌声を聞かない日はなかった。私自身もよく口ずさんでいたのを覚えている。
昭和を代表する歌手が、また一人亡くなられた。ご冥福をお祈りします。


「東京だよおっ母さん」 島倉千代子 投稿者 nekotomo30


「からたち日記」 島倉千代子 投稿者 nekotomo30


「人生いろいろ」 島倉千代子 投稿者 nekotomo30

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東京新聞 2013.911.9

お千代さん逝く
日本人の心 歌い続けた


島倉千代子さんの主な楽曲

1955年 この世の花、りんどう峠
  56年 逢いたいなァあの人に
  57年 東京だョおっ母さん
  58年 からたち日記
  61年 襟裳岬、恋しているんだもん
  66年 ほんきかしら
  68年 愛のさざなみ
  81年 鳳仙花
  87年 人生いろいろ
  96年 ときめきをさがしに
2005年 ちよこまち
  12年 愛するあなたへの手紙

評伝

か細く、透き通るような高音と、心を揺さぶるようなビブラート。数多くのファンを魅了し、戦後歌謡史に不滅の足跡を記した島倉千代子さんの歌手人生の原点には、幼少時代に心身に負った“深い傷”がある。
        
水を入れたガラス瓶を台車に積み、姉と一緒に帰宅途中の悲劇だった。台車がバランスを失って倒れ、粉々になったガラスの中に左手を突っ込んで血管を何本も切る大けがを負った。自由が利かなくなってしまった左手。ふさぎこむことが多くなった七歳の少女を気遣い、母親は風呂場で「リンゴの唄」を歌ってくれた。

温かく優しい母の歌声を何度も耳にするうち、心が癒やされ、自ら歌うことにも喜びを覚え始める。島倉さんは「私にとっては歌うことが、すなわち生きることだったんですよ」と述懐していた。

念願の歌手デビューを果たした一九五五年は、日本が高度経済成長の歩みを始めた節目の年。島倉さんの歌声は、戦争で深い心の傷を負った国民の大きな励みとなった。

スターの座に上り詰めた後、長らくヒット曲に恵まれない時代が続いた。私生活でも多額の借金、離婚、そして声が出なくなる危機に何度も見舞われた。そんな苦難の時に生まれたヒット曲が「…やっぱり器用に生きられないね…」の歌い出しで知られる「鳳仙花(ほうせんか)」だった。「この曲との出会いが、私を救ってくれたんです」

六年後の八七年、島倉さんの名を再び全国津々浦々にとどろかせた「人生いろいろ」。本人の強い希望で急きょB面からA面に差し替えられた曲は、波乱に富んだ島倉さんの人生と二重写しとなり、共感、感動の輪が広がった。タレントのコロッケや山田邦子の物まねなどで、若者、子供たちにち広く存在を知られるようになり、「私の二曲目のデビュー曲」と話していた。

歌手生活五十周年の節目に当たる二〇〇五年に出した自伝で、島倉さんは、だまされてつらい思いをしてきた一方で、ファンにかわいがられて楽しく生きてきたと振り返り、「歌手島倉千代子だからこそこんな人生を歩めた。感謝したい気持ちでいっぱいです」と記している。天才少女歌手から、かわいいおばあさん歌手に。歌一筋に駆け抜けた人生だった。

仕事と楽曲に妥協を許さず

島倉さんは近年、シングルを年一枚のペースで発表。昨年二月発売の「愛するあなたへの手紙」が最後のシングルだった。旧知の大衆演劇の役者が島倉さんに贈った楽曲で、大切に歌っていた。

今春もシングルを出す予定だったが、延期されていた。所属レコード会社のスタッフは「島倉さん自身、作品に納得いかなかったのだろう。ふだんは穏やかだが、仕事や楽曲には妥協しない人でしたから」と語る。

ステージにも積極的に出演していた。約二年前からは小林旭、松方弘樹、山本リンダらとの共演コンサートで各地を回り、毎回、「人生いろいろ」など五曲前後を歌っていた。関係者は「島倉さんがステージに出てくると客席の空気が変わる。すごい歌手だと実感していた」と話し、「症状がそこまで深刻とは知らなかった」と突然の悲報に肩を落とした。


1962年10月、阪神の藤本勝巳選手との婚約を発表する島倉千代子さん=東京・新橋で


1988年12月、「人生いろいろ」で第30回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞した島倉千代子さん=東京都千代田区の日本武道館で 


99年9月、ベストジーニストに選ぱれた島倉千代子さん=東京都港区で

大きなあかりが消えた
歌手・北島三郎の話:大先輩でしたが、先輩後輩の枠を超えて本当に親しい友人としてお付き合いさせていただきました。私のことをみんな、「サブちゃん!」と呼びますが、お千代さんは「サブさま!」と呼んでくれて、いつも優しく接してくれました。演歌界の大きなあかりが消えてしまいました。とてもさみしいです。

優しく大好きな先輩
歌手・都はるみの話:デビューして間もないころ、楽屋で小林さっちゃん(幸子)と走り回っていると「ここはお仕事の準備をする場所よ」と島倉さんに怒られました。大先輩ばかりの楽屋で、まだ10代の2人を注意するのは自分しかいないと思ったのでしょう。私たちに礼儀作法を教えてくださった、優しく大好きな先輩でした。

かわいらしさと強さと
音楽評論家・伊藤強さんの話:初期は「からたち日記」などで控えめな女性の優しさやかわいらしさを歌い、後年、「人生いろいろ」では開き直った強さも見せた。年齢を重ねても新しい歌の世界に挑戦し、女性のまったく違う二つの側面を表現できた人。歌謡界では希少なタイプだった。

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