第三次世界大戦と第三次大本事件の関係って?

2013年1月6日放送、NHK「日本人は何を考えてきたのか」第9回 大本教 民衆は何を求めたのか 〜出口なお・王仁三郎〜 という番組を知っている方はいるでしょうか? もう二年前のことですが、番組ではなく”大本”なら知っている、或は聞いたことがあるという方はいらっしゃるのではないでしょか?今日はその大本と第三次大本事件、そして第三次世界大戦に触れたいと思う。


この大本、あの柳原白蓮とも関係があったという。出口王仁三郎の助けを求めてきた白蓮を、白蓮事件でバッシングを受けた大正11年の7月から一年間ほど、京都府綾部市にある大本の敷地内の松雲閣でかくまっていたと言われている。


この大本の開祖出口なおは、幼少より文字も読めず書くこともできなかった。明治25年旧正月の夜に「艮の金神」と名乗る神が懸かり、腹の底から抑えようとしても抑えられない男神の声がこみ上げてきた。そして、「筆をとれ」と言われるままに筆を執ると、自動的に手が動き、お筆先を書き始めたそうである。

画像右側、出口王仁三郎は亀岡の生まれで、12歳で小学校の代用教員をするなど、幼少の頃は周囲の人から一目置かれていたようである。その後、明治31年26歳の時に亀岡の霊山高熊山で一週間修行を行った。

そして、同じ年に出口王仁三郎は出口なおのお筆先を読む機会があり、読んだ際に高熊山の修行で見てきた内容と同じだったという。その後、出口なおの娘と結婚。大本を組織的に発展させていった人だと言われている。

この大本の教えのには、”大本が日本、世界の「型」(ひな型)となっている”、という教えがある。例えば、四国とオーストラリア、九州とアフリカ、北海道と北米、本州とユーラシア大陸、琵琶湖とカスピ海、富士山とヒマラヤが相似する様に、日本は世界の縮図であり、世界のひな型であると言っている。


1921年2月12日〜1927年5月17日、警察から第一次大本弾圧を受ける。当時の出口王仁三郎の勢いを止めたいと思った勢力がいたかは定かではないが、不敬罪を理由に官憲からの捜査を受ける。第一次大本事件である。
そして、1935年12月8日〜1945年10月17日、第二次大本事件が起きる。そして、この第二次大本事件の勃発日・弾圧日・終結日が、六年後の第二次世界大戦の勃発日・攻撃日・終結日と同じ日であるという。



上の画像から分かるように、第二次大本事件のちょうど六年後に第二次世界大戦が起きている。このようなことから、大本では、大本が世界のひな型であると言っているようである。


その世界のひな型を出す大本が、ここ数年前から、第三次大本事件という状況になっている。

この大本第三次事件、発端はかなり前に遡る。大本は代々女が継ぐことになっているようで、四代目を継ぐはずだった出口直美という人の夫・出口栄二という人が、中国に行って帰ってきてから、発言が共産主義的になったという。そういう訳で、出口栄二氏は本部から出て行けと言われて、別団体(1)を作ったという。その後、事情は知りませんが大本本部から出て行った人たちによってまた別団体(2)ができたという。        

夫々の団体にスパイが入り込んで周りの考えを変えていき、三つに分裂させて、争わせる。争っている隙に、利益を奪う 漁夫の利である。日中戦争や日米戦争をさせようと工作した共産主義者の動きをしている人たちがいる。
故に、第三次大本事件とは、北朝鮮のスパイと統一教会信者らの工作によって仕組まれた、意図的な事件である。争わなくてよいのに、争ったということである

従って、真偽のほどは分らないが、大本が世界のひな型というのなら、第三次世界大戦は今までの大戦とは違う形になるのだろう。




 第一次大本事件の写真 


























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