「受胎告知」の変遷 ルネサンスからバロック風へ


   マリオット・アルベルティネッリ <<受胎告知>>1503年
(りらりが好きな雰囲気をかもし出してる一枚:フレスコだろうけど・・:です)

 いつぞや「聖書のテーマ」あたりで書いた受胎告知シリーズ(?)第二段。

 テーマはイタリアにおける受胎告知の変遷について。

なんかいろいろ書いてます・・・。

 イタリアにおいて、特に図像が変化した時期は、大きく分けて3つ。

 1.中世からルネサンスにかけて
 2.宗教改革、それに伴う反宗教改革を経ての1600年代半ば。
 3.1600年代末期の初期バロック。


 1以前は、ギリシア正教の思想&ビザンティン美術の影響が強いために、聖母は「母親」的というよりも、「神の世界に位置するもの」として、「威厳の母」として描かれた。
 だから、厳格な直立姿勢でいるか、豪華な玉座とも思われる椅子に端座している。

 (「端座」、なんて、日常使わんけど・・・・たまに使ってもいーやん・・・。)
 
 ルネッサンスに入ると、経済界の実力者たちが(つまり、パトロンが)力をもつ。
 彼らが好んだのは、中世風の厳格なものよりも「人間性」のある聖母。

 そして、彼らがもうひとつ好んだ「古典主義」の精神。古代ローマの建築方式、学問から、幾何学的な図式、遠近法が発明される。


                 フラ・アンジェリコ

 厳格な線によって作られる、人間的な、情緒あふれる「奇跡の受胎告知」が生まれた1400年代。
 「受胎告知」をこよなく愛した矢代幸雄さんによれば、受胎告知の醍醐味は、男女の甘い静謐な気分、つまり、男が、男を知らない女にむかって、静かに愛を語るところにあるという。
 ひっくるめていうと、こういうこと。

 静かな夕暮れ。
 静かで、広い石造りの建物の中で、乙女が一人、静かに読書をしている。
 そこに、ふわりと、どこからともなく男性が(天使)、花を持って現れる。
 男性というものを知らない処女マリアは、乙女にふさわしい恥じらいと驚きを見せる。

 彼は、あせる様子もない。そして、彼女を驚かせ過ぎないように、距離をおいて、
  ただ、落ち着いて、そして、彼女の前にゆっくりとひざまずく。

 彼は、彼女よりも上の存在でありながら、彼女と等しい位置になる。
 そして、彼は、思いを告げる。(あるいは天のメッセージを伝える)

 彼は、ただ、ゆっくりと、やさしく、彼女の返事を待つ。
 そして、マリアは、ただ、経験に、従順に、彼の意思(あるいは神)に従う・・・。


 (なんて静かで素敵なワンシーンっ!!!(>▽<)これよ、これ!受胎告知はそうなのっ!あ、ついでに、天使は本来中性のイキモノであります。念のため。)
 

              ダ・ヴィンチ

 それが、クワトロチェント(15世紀)の受胎告知。
 線的で、けれど、その線は、まだ動きを見せない。
 そこにはただ美しい、「イタリア人的気質にあった」静かな美しい男女のささやきが交わされる。
 
 それは、フラ・アンジェリコはゆうまでもなく、そして、ダ・ヴィンチにも引き継がれる。

 あるいは、神的なマリアではなく、「人間の処女マリア」に、男性のような美青年が体を低くして、思いを伝えてるかのような表現。(下の絵は、ロレンツォ・ディ・クレディの「演劇的」受胎告知:1480−85年)



 
Cima Da Conegliano



 しかし、遠近法も確立し、さらに、線的な絵の延長によくあるように、画家はそのうち、動きを与えようとする。
 大天使ガブリエルが、駆け足で「ちょっとちょっと〜」って感じで入ってくるようになるものがそのうち流行になる・・・。

 その動的になりつつあった「静謐な甘さ」を破壊する絵が誕生してくる。

 1527年のローマ強奪、続く宗教改革、伴う反宗教改革・・・・。
 混沌とする世の中。何を信じていいかわからない。
 何人もの画家が狂った時代・・・。
 この、混沌として、無秩序で、不安が支配する時代。
 この時代に生じた思想を反映した芸術を「マニエリスム」的と呼ぶ。

             ティントレット






 エル・グレコ
 

 その時代には、もはや静かな秩序たるものは消滅する。
 ティントレットの破壊に始まり、エル・グレコのような、混沌とした、雲の支配する空間、雷鳴とどろくような闇夜の中で、どこかもわからない場所で受胎は「宣告」される。
 
 もはや、マリアの意思は介入しない。
 
 加えて、1563年の(カトリックがプロテスタントに対して巻き返しをはかった運動の最終決着点である)トレント会議による方針。
 カトリックは、絵画に「聖書に忠実なこと」と、「魂に直接、霊感を呼び起こす」ような絵画を描かせることに決めた。
 つまり、神様が、何よりも偉い!聖書に忠実でありながらドカーンと感じる絵を描け!ってこと。

 ケルビム(赤い羽根の智天使)がわらわらと、雲と一緒にガブリエルと降下する。
 マリアは神の世界を見て(つまり上を見上げて)ただ驚愕する。
 そこにはマリアの経験さ、つつましさ、恥じらいは関係ない。
 一刻も早い天と地が結合することだけが必要になっている。

 遠近法も破壊される。
 消失点はずれ、視点はさながら漫画のように、あるいは、映画のクローズアップを重ねたように、いくつも「演劇的」に向けられている。

                  ロレンツォ・ロット


 ロレンツォ・ロットの受胎告知。
 たとえ、ティツアーノをベースにしてるとはいえ、(残念ながら、告示してるティツィアーノの「受胎告知」は見つからず・・・)ロットのほうには敬虔さはなく、驚きと、あるいはおびえすらある。

 


セバスチャーノ・マッツオニ(左上)
ランフランコ・ジョバンニ(左下)
ティツィアーノ(右下)

 













  























 マッツオニをみると、もう、ガブリエルは天使がまるで、「悪魔」であるかのようにマリアを脅かす。二つに切り取られた視点を強引にあわせることによって、天使は巨大になり、その元でなすすべもないマリアが逃げ場を失う。

 そのほかに、この時代には「ドカーン」「ぶわーっ」と天使たちが降ってくる「受胎宣告」がある。(もちろん原題は受胎告知だけど・・・)









 


 最後はバロック生成期にはいる1600年代末期。
 宗教的混乱は落ち着きを取り戻し、絵はいくらか古典風に立ち返る。
 天使はやさしさを取り戻す。
 「宣告」は「告知」に戻る。

 そして、激しい明暗法に加え、感情を内に託しつつ、演劇的になり、時代の流行とともに、一定のスタイルと化すバロック(激しい明暗法、劇的表現法、肉体のうねりを強調する表現法)へと受け継がれる。

 りらりの個人的な考えなんだけど、マニエリスムは不安とか、「個人的な思想」があって、それを変わったマニエラ(手法)のなかに取り入れてる、つまり、思想が先だから、読み取らせるものがある、あるいは、ぶつけてくる画家個人の感覚がある、ってかんじにたいして、バロックは、元からスタイルが確立してて、その上に、画家個人の「技法」を強調して、仰々しくしているような気がする・・・。
 手法(マニエラ)とゆがんだ真珠(バロック)・・・。
 なかなか両者の明確な差はわかりにくいです・・・・。
 (フランス宮廷で発達したマニエリスムならともかく、イタリアまで「マニエリスム」に足を突っ込むと特に。)



                       プッサン



 
グイド・レーニ
 


  その後、受胎告知はだんだん描かれなくなるけど、私はそれを、矢代さんが言うように、
受胎告知の本来の趣味、「静かな空間での感傷的な恋愛要素」が失われてしまったからだと思う。

 


 補足として、フラ・アンジェリコのもうひとつの受胎告知のように、アダムとエバがいる「じゅたい告知」は、中世の神学、旧約聖書は新約聖書のできごとと照応させることができる、という普及した思想に基づく。
 フラ・アンジェリコは、修道層(フラ)。宗教画を描くことも信仰の一部とみなされた時代にあって、彼は画僧だった。
 破戒僧とまでいわれたフラ・フィリッポ・リッピとは対照的に、あらゆることで僧侶的人物だったアンジェリコ・・・。
 修道院も、寄付によって成り立ってる。彼の修道院に寄付をよこすのは、カリマーラといった梳き毛組合の金持ち。修道院側のおもいと、パトロン、双方の趣味に合わせないといけなかったのでした・・・。


 さいごに、矢代幸雄さんの「受胎告知」で、たそがれ時、距離を保ちながら静かに語り合うマリアとガブリエルの瞬間をかいたジュリアノ・ペセリノ(Giuliano Pesellino)の受胎告知がとっても、とっても美しかったのだけど、なんせ、昭和3年の写真・・。白黒だったのです・・・。
 ネットで探しても見つからず・・・。知ってる人がございましたら、ご連絡お願いします・・・。
 (フィレンツェ市民美術館所蔵、となってたけど、それ自体どこか不明・・・)



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