撮りためた写真から(日記代わりに)

毎年、年末には「西宮門戸厄神」へ参拝。
古いお札を納めて護摩祈祷をお願いして新しいお札と交換して頂く。

年明けには西宮十日えびすに出かけ、古い福ザサを納め叉新しい福ザサを貰ってくる。
この間が何ともあっと言う間に日にちが過ぎていく。毎年同じ様な風景なので写真も段々撮らなくなって・・













年末年始は結構神社仏閣へ出かける機会が多い。正月2日の日は焼津から帰阪する道中で
「大覚寺全珠院」と焼津 「焼津長徳寺」に立ち寄った。
大覚寺全珠院はきらびやか、焼津長徳寺は静かな佇まい。余りにもかけ離れた感じをうけた。
               正月2日、東の空は真っ赤に染まっていた。

「焼津長徳寺」の事は年末に「酉年開運」のために調べて寄る予定にしていましたが、
ホテルの支配人さんに「大覺寺全珠院」を教えて頂き其方へも寄る事にした。
帰りの道順で先ずは「大覺寺全珠院」へ











静岡県焼津市に位置する曹洞宗の寺院で、850年、嵯峨天皇御領の入江荘を開き、
薬師如来(弘法大師作)をお祀りしたことがはじまりといわれています。

新年の参拝の方は多く、本堂に入り靴を脱ぎ中へ入って行くと其処には
「千手千眼観世音菩薩」(平成15年に開眼)


















高さ4.2メートルの「千手大観音」があり、その大きさは日本一だとか。                  ↑御朱印
著名な大仏師である渡辺勢山氏が樹齢300〜400年の木曽ヒノキを使用し造仏したもので、
伝統の技法で作られており、漆塗りの表面は手打ちの金箔で覆われており、まぁきらびやかでした。 


「焼津長徳寺」
カーナビ頼りで探しても、場所が中々分からず、地元の方にお尋ねしてやっと到着。
思っていたより静かで、初詣などの参拝者の姿がない。駐車場には大井川港管理船が置かれていた。
家内安全・無病息災・家内安全営業繁栄・厄除開運・社運隆昌・当病平癒・身体健全・大漁祈願
・良縁成就・進学成就などのご利益があるそうです。

















本堂も閉まっており、どうしようかと暫らく周囲を見ていましたが、
社務所へ出むき「格天井の絵」を見せて頂きたいとお願いをしました所
快く開けて下さり、本堂へ上がらせて頂きました。
その時に御朱印もお願いしました。
御住職が生憎お留守とかで、前もってかかれた物を
頂きました。その時に酉年のカレンダーも頂きました。







本堂の格天井のマス目一つ一つには、それぞれ異なる花が描かれています。
野口幽谷の門人益津俊南他5名の筆になるものです。(格天井の絵は総数96枚)














この地は大井川の近くにあるため川が氾濫するたび住民たちは疫病で苦しんだそうです。
災難を知った弘法大師は薬草を使って人々を治療し、
「波切不動明王立像」を彫って授けたと伝えられています。
長徳2年(996年)創建。2月末には「お不動さん」と呼ばれる例祭が行われ、
12年に一度、酉年の時「本開帳」という大祭が行われます。
この時は秘仏の本尊“不動明王像"が一般に公開され、供養塔が建てられます。


ここから帰路東名吉田インターへと向かう。
昼過ぎの時間に浜名湖SAで昼食と休憩、夕方の混雑する時間帯を避けて帰りたいので
程よい時間を見て出発。本線大阪方面へ向かう所で、「名古屋まで」 と書いたダンボールを持って
立っている青年が目に入ってきた。一瞬どうしようかと迷って通りすぎたが、婆さんの了解を得て
バックをして声をかけて見た。一人旅で大阪までヒッチハイクしているとの返事。
大阪までならどうせ帰る道、旅は道連れ・・・・さて出発。
話を聞くと、朝6時頃から何でも東京のヒッチハイクのメッカがあるそうで、其処からトラックなど
2台乗り継ぎ、浜名湖まで来たそうで、韓国から来た留学生、綺麗な日本語で話をする。
何度か、ヒッチハイクの経験があるそうで、(私は、知らない人を同乗させたのは初体験)
何時も親切にしてもらい、怖い思いは1度もしていないと話していた。大阪には知人がおり
大阪駅に夕方5時ごろの待ち合わせだとか、 到着まで良かったらゆっくりして寝ていても良いですよ
と、言った直ぐに軽い寝息を立てていた。道中豊田周辺で暫らく渋滞が続きましたが
夕方5時少し前に大阪駅に到着。そこで彼を起こし、わかれた。楽しい大阪旅行の思い出を・・・・・


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