どくんご北越谷公演で共に生きることを考える


盲ろう下半身まひの橋本克己画伯宅へ重度訪問介護による泊り介助試行の18回目の夜。今夜は旅するテント劇団どくんごの北越谷駅前さくら広場公園で、画伯も前売り券を買ってあったので、一緒に出かける。

18回目にして初めて夜の外出。テントの前で、わらじの会の面々や診療を終えてきた連れ合いと合流する。今夜はわらじの会が幕間劇をやるというので、見知った顔が多く、前売りだけで満席となり、当日券はないと書いてあった。

今夜も開幕前に五月うかさんが、ストーリーはないですからと、くりかえし叫んでいた。演じる人々がそう断言しているにもかかわらず、ないはずのそれを勝手に読み込もうとしてしまっている自分がいる。

映画であれ、マンガであれ、小説であれ、評論ですらも、ストーリーのための道具になってしまうと、それ自体の面白さが薄れてしまう。踊る阿呆に見る阿呆の関係になれずに終わってしまう。

2Bさんがヘンな外人風の言葉で、桃太郎の昔話を、知らない人に解説するが、おじいさんが山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、という部分をわかりやすく説明しようとして、桃が流れてくるシーンにはいつまでたっても到達しない。だからこそ面白い。ことばを意味を伝える道具として役立たせようとしていっぱい用いたら、かえって道具として役に立たず、伝わらないところが面白い。

どくんごならではの、言葉と身ぶりが鎖のように次々とつなげられてゆく舞台や、見えない相手と闘う二人の掛け合い.。

そして、背景を落として観客席ごとテント小屋の周りの広場の現在のただなかにいることを共有しつつ、その広場全体を舞台化して現実をゆらめかせるおなじみのわざが、毎回予想を裏切った切り口でリフレインされていることが、とてもうれしい。街の隅々まで続いていそうなあやかしの舞台。
 

車いすの画伯は当然かぶりつきに案内され、私は連れ合いと最上段に座ったので、画伯は通訳なしに観劇した。それはいつも同様で、画伯もわかっていて前売り券を買って今日来た。画伯なりの楽しみ方があるのだろう。その画伯の楽しみ方をこうやって発信することが、ひょんな具合に回り回って、劇の面白さをさらにバージョンアップさせるかもしれないと思ったりする。

上の写真は、腹踊りのチアリーダー。前回は3人いたが、今年は1人になってしまい…


私自身、映画館に入ると眠ってしまうことが多いが、それでも前はよく観に行った。眠りながらの鑑賞にいちばんぴったりだったのは、アラン・レネの「去年マリエンバートで」だった。この映画は、芥川龍之介の「藪の中」が下敷きにあるとされる。ある出来事が、複数の語り手ごとに異なるストーリーとして伝えられる。

私には、社会的分業を通して互いに分け隔てられているさまざまな関係者が、同じ出来事をそれぞれに異なる文脈で受け取ることは、当然だと思える。人だと思っていたサンチョが、実は馬だって不思議はない。

だからこそ、いろんな人が一緒の場にいることが大事なのだと思う。上の写真はわらじの会の幕間劇。情報を伝えるメディアは権力のまなざしとことばの支配の下で、真実を語るに奴隷のことばを用いなければならない。街の奥から、内臓や筋肉や皮膚をひっくるめた人々のくらしが現れることを通して、まなざしやことばが解凍されてゆく。

どくんごが演じること、どくんごを観ることは、通常学級で共に学び、地域の職場で共に働く関係をことことと煮詰めていったような感じかもしれない。

劇が終わり、画伯は牛丼を食べるというので、駅前の店に入る。バリアフリーではないが、お客や店員が手を貸してくれる。ふりかえれば、3月8日から毎週木曜夜、画伯宅に泊まり続けているのだが、この間、夜間の緊急事態は起こらず、画伯の中で私の泊りは翌朝2時間半くらいの行程での知人宅への月刊わらじ配達の準備として理解されてきたと思われる。

しかるに、今夜初めて外出介護を行い、泊り介助のイメージが膨らんだ。これからの泊り介助の変化のきっかけになるのではないか。

そして、橋本宅に帰りいつものように寝て、翌朝は雨。

これも初めて、徒歩でなくリフト車で月刊わらじ配達に出かけた。今朝はご対面はなくポストに投函。早く終わってしまい、せっかく車で出たのだから、遠くまで画伯と行ってみようかと、このごろ画伯の夕食の調理に入るが、フレンドリーに画伯とコミュニケーションを取ろうとして、しかしつきあいがないため画伯の「ことば」を知らず、画伯からすると唐突に体を触ってくる謎の人物となって、画伯が忌避しているHさんの家まで車を走らせる。Hさんの住まいらしき表札のある家の前で画伯を降ろすと、画伯は誰の家だと訊く。Hさん宅だと言うと、画伯はうへーという表情をしながらも、几帳面にポストに入れる。その後、ここはどこだと訊くので、町名を告げるとああそうかという感じ。

まだ時間があるので、車で出たついでに、前から画伯と一緒にやってみたかった「朝マック」をやる。これは、10年ほど前に、就労支援センターの相談者が中心だった知的障害の若者グループが、集団プチ家出のようにして車椅子トイレやらスーパーの軒先やらで夜を過ごし、朝になると「朝マック」をしていたと、本人たちに聞いた。マックに行くこと自体、画伯にも私にもほぼない。入ってみたら、先客は二人だけで、中高年だった。

どくんごの劇がまだ続いているような雨の「朝マック」。夜の牛丼も含めて、最強の二人になったか。

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