ひとびとの精神史の水系から-栗原彬さんをお招きして 1


 はじめにお断りしておくが、ここに報告する栗原彬さんの講演は、昨2017年の2月4日のことで、それからもう1年半が経過している。栗原さんご自身からは、この講演記録をどのように発表するかは任せると言って頂いていたが、なかなか定まらないうちに時がたってしまったので、tりあえずブログで発表することにする。まずは、講演記録の前に、私がfacebookでレポートしたものを以下に再録しておく。

 ブログという媒体でお伝えするので、少しずつアップしていく。

共に生きる福祉講座「ひとびとの精神史の水系から―どこへ行く『埼玉流』(自立生活と共生)」と題し、栗原彬さん(立教大学名誉教授)にお話をしていただき、語り合う機会を得られた。

 会場の岩槻駅東口コミュニティセンター5階で栗原さんと事前に落ち合う前に、窓から北を眺めると日光連山と赤城山の間に尾瀬の山々と武尊が、また赤城山と榛名山の間に谷川連峰がくっきり白く見えた。雪のある季節だからこそ、思い出と共に浮かび上がる遠山。到着した栗原さんにそれを告げると、赤城山の麓に学校で疎開したことやそこから歩いて赤城山に登ったと語る。最近は足利に原発震災で野良になった犬や猫さらにはダチョウまで世話をしている友人がいるので、時々通っているのだという。

 昼食をともにしながら、私も大会に2回だけ参加させてもらった日本ボランティア学会の話を聞く。そもそもの前史として80年代に、JYVAなどのボランティア活動と草の根の市民運動との交流、つきあわせがあった。また90年代に入りNPOをめぐる動きが煮詰まり、阪神大震災を経て1998年にNPO法人が法制化(市民活動促進法)される過程で、こちらは法人・団体だけでなく個人も(orを)つなげるということで、90年代末に設立したという。わらじの会では90年からJYVAの1年間ボランティアを毎年受け入れ、JYVAが2009年夏に解散した後、派遣先の諸団体有志が連携してV365活動を続けたという話を栗原さんに伝えた。それらの派遣先は日本ボランティア学会の顔ぶれと部分的に重なる。同学会は2015年9月をもって活動を終了した。要因は若い人の継続的参加が難しいことや事務局運営の経済的、組織的基盤が弱い等。学会としてはひとまず終了だが、以前から学会内有志による実行委員会形式でやってきたフラットな語り合いの場「カフェ連」を関東・関西それぞれを中心に続けるということらしい。私たちとはほんとに稀少な遭遇だったが、このような軌道をめぐる彗星群が数えきれないほどあるのだろうなと思いつつ聴いた。

 ちょうど障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」90号を持っていたのでプレゼントした。1979年創刊間もない頃、大阪からリュックサックに詰めて、全国行脚の途中、わらじの会にも売り込みに来た。栗原さんは今日初めてこの存在を知った。が、同誌は次号で最終刊を迎える。やはり「ひとまず」と。

 さて、本番のお話だが、栗原さんが用意してくれた手書きのレジュメには、「ひとびとの精神史の水系から私が学んだこと」とあった。そのレジュメの各章のタイトルは以下。

(0)学ぶこと、学びほぐすこと
(1)杉本栄子さんから学ぶことー地域、公共性、自己
(2)橋本克己さんから学ぶことー自己と地域の編み直し
(3)緒方さんから「共にいっしょに」を学ぶー共生ということ
(4)緒方正実さん、川本輝夫さn、埼玉障害者市民ネットワーク2016年度総合県交渉「要望書」から学ぶことー生きづらさ、難民性がひらく可能性
(5)新坂光子さん、幸子さんから学ぶー不在の他者による自己と世界の構成
 長くなったので、以下は稿を改めて報告しよう。


 つづく

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