飯山和弘さんが語るピアサポートの基盤と役割-8.22すいごごカフェ



NPO法人障害者の職場参加をすすめる会が毎週水曜日に開いている「すいごごカフェ」は、身近な地域の人々をゲストとして招き、生い立ちや仕事や暮らしを語ってもらう中から、生きられた社会史を再構成する試み。

 会場は原則として越谷市東越谷のハローワークはす向かいに位置する職場参加ビューロー・世一緒。だが、第4週だけは、この4月からせんげん台西口イオン並びに開所した就労移行支援事業所「世一緒」で開催する。同事業所の所長で長年精神科病院で働き、病院を地域社会に開いてゆく取り組みをしてきた高瀬所長が、その取り組みのつながりからゲストを選んで依頼している。


 


 8月22日のゲストは、NPO法人じりつが運営する埼葛北地域活動支援センターふれんだむの所長・飯山和弘さん。高瀬さんによれば、飯山さんとは長い付き合い。ふれんだむは地域に根差した活動を幅広くやっていて、メンバー同士が互いにピアサポートをしている様子を高瀬さんはいつも感心して見ているとのこと。今日はおなじNPO法人じりつの下にある多機能型の事業所であるミントで就労A型のメンバーである長島さんと一緒に見えたという。

 飯山さんは、「20代はほぼひきこもっていた。」と語る。父親と二人で生活していたが、父親が定年退職を機に家を別に建てて出て行ってしまった。
死なない程度の金は父親がくれた。もらった金で食いつなぐ苦しい生活だった。

保健所の職員さんからふれんだむを紹介された時1ケ月考えて行ってみた。初めは誰とも話すことが出来ずただ見ていただけだった。そのうち「働かなくちゃ」と思い、たくさん面接を受けたが、ことごとく落ちた。

 飯山さんが「これでもいいんだな」と思えるようになったのは、ふれんだむに通っていて、精神障害者のソフトバレーボールを始めたことがきっかけ。春日部と久喜を合わせた三つの合同チームで2004年の埼玉国体の時にオープン競技として全国大会があって出場し、県大会で優勝。全国大会で準優勝してしまった。

 それまでは後ろ向きで生きてきた自分が、前を向いて歩けるようになった。そして、バレーボールをやっている人の中で仕事に就く人が増え、チームメイトが段取りをしてくれて、自分が働いている倉庫の仕事に就けるようにしてくれた。親のすねかじりから自分で食い扶持を稼げるようになった。
 
 その頃、NPO法人の代表理事から「うちで仕事をやってみないか」と声をかけられた。「無理じゃないか」と答えた。もしやるとすれば、「就労支援」か「退院支援」か「ひきこもり支援」のどれかだという。「自分がやるとすれば、ひきこもり支援かな」と話した。それで1年後にやるようになった。

 まだ倉庫仕事はやめず、週1日だけひきこもり支援をした。翌月からは週2日。あと3日は倉庫仕事を続けた。

 資格もないし、勉強もしていないので、続かなければ倉庫一本に戻ろうと、逃げ道を作っておいた。でも、徐々にふれんだむの仕事が増え、倉庫をやめてふれんだむ一本になった。週1日で始めてから10年がたっている。

 いまでも最初に訪問した人のところに訪問している。頻度は月一回ぐらいだが。息の長い支援なのかなと思う。


 
 ピアの話を少し。言葉としては、同等、対等。同じような経験をした人同士の支え合い。身体障害の領域だと「ピアカウンセリング」のほうがポピュラーだが、精神障害では「ピアサポート」が多い。精神障害の人でピアサポートの仕事をしている人が増えている。

 もともとピアサポートは草の根で、ふだんの関わり。それがベースにないと、仕事としてやっていることもありえない。ふだんの関わりの中で、当事者会とかセルフヘルプグループとかが大事で、その中で私のように法人の仕事をする者も一部にあるというかたち。

 日常的なピアサポートと仕事としてのピアサポートのちがいについてはこう考える。なかなか日常的なサポートの場に出会わない当事者も多いので、「自分だけがこういう状況になっているんじゃないか」と思う人が多い。そういうときに、仕事としてピアサポートをやっている人に出会うことによって気持ちが変わるということが大きい。病気をしてあまり時間がたっていない人に話ができる人がピアサポーター。そこが普通の専門職や医者とちがった立場で、大きな役割を果たせると思う。制度上では位置付けられていないのだが。

地域活動支援センターは私が管理者ということで、私を含めて当事者中心でやっている。人数的には職員配置はあるが、実質はピア中心。今日一緒に来た長島さんもメンバーでピアサポーター。長島さんは就労継続A,B多機能事業所のメンバーで、A型の仕事としてピアサポーターと弁当づくりをしている。ミントから地活にピアサポーターとして派遣してもらっている。


 長島さんからミントでの仕事について話してもらった。ミントで長島さんが主にやっている仕事は弁当作りで、ほかには清掃やカフェをやっている人もいる。そのほかにピアサポートを、ミントからふれんだむに派遣するという形でやっている。楽しいこともあれば厳しいこともある。みんなとの関わり、スタッフとのつながりがパイプとなって続けられているという。

 飯山さんによれば、長島さんは初めは自分のように法人に雇用される形でのピアサポーターをやろうと思っていたが、法人の研修テキストを読んでみたら、自分がイメージしていたピアサポーターとずいぶんちがっていたという。現在はメンバーピアサポーターが合っていると考えているそうだ。長島さん自身も「100%でないところがいいと思う」と述べていた。

 飯山さんは、「仕事としてピアサポーターをやる人もいろんな形があると思う」と言う。A型事業所に雇用されて働く人もおり、地域移行のピアサポーターもあり、必ずしも毎日仕事があるわけではないがこうした形のピアサポーターの役割も大切だという。そのほか、飯山さんの知人で、一般の会社で働きながら地域移行のピアサポーターをやっている人がいる。

 でもいちばん大事なのは、ナチュラルなピアサポートがあるということ。ふれんだむは何か事件が起きた時は、みんなで、その当事者もまじえて話すということをずっと行ってきた。そういう環境がすごく大事だと思う。自分自身がすごく力があるわけではない。もともとの利用者仲間が今もふれんだむにいて、そういう人たちからおしかりを受けている。そういうことはすごくいいと思っている。

 飯山さんは、この後の質疑応答で、ピアサポートに関して、かっての自分もそうだったが、支援されている側として専門職の支援者に対して否定的な感情をもつ人がいる、それは専門職の人は先が見えるので「転ばぬ先の杖」的な関わりをすることも多いからではないかと語り、そういう時にピアサポーターが同じような体験を生かしてアプローチすることの中にピアサポーターの「専門性」があるのではないかと述べていた。だから、いろいろな人の関わりがある中でピアサポーターもいたほうがいいのだと。

 参加していた「たそがれ世一緒」管理人の樋上さんから、自分は引きこもっていたい性格だが、好奇心が旺盛なのでこうして出歩いている、飯山さんは10年間ひきこもっていたというが、基本的には一人でいるのが好きなのか、社交的なのか、自分自身をどう評価しているかと質問が出された。

 飯山さんは「本質を訊かれてすごいなと感動している」と前置きし、自分自身はいまもひきこもりで携帯も持っていない(樋上さんも同じだと言う)、こういうふうに人前で話したり大勢の人がいる所は苦手で、休みの日は家でゴロゴロしており、仕事をやめてしまえば前と同じになると思う、そんなに変りなく今もひきこもり感満載だと答えた。

 この二人のやりとりの中に、ピアサポーターの仕事やそれを育んでいるナチュラルなピアサポートについての論点が凝縮されていると感じた。

 最後に長島さんによるギター演奏もあり、楽しいひと時を過ごした。
 

 

 

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